第9回 ヨシタケシンスケさん
美術部で大学選び
 大学受験の際は、小さい頃から物を作ることが好きだったこともあり、美術系の大学に進めばその技術を学べると思っていました。ところが、そういう道に進む人はたいてい、高校1、2年の頃からアトリエに通って絵の練習をしていました。美術大学は試験として絵を描くので、みんなどんどんその練習を始めていくんです。美大を目指している友だちがいて、彼もアトリエに通って将来は絵描きになりたいと努力していました。そういう人が身近にいると、私の性格として、ここまでの覚悟がないと目指しちゃ駄目なんだと思うんです。狭き門だし,軽い気持ちで目指して受かるところではないだろうと思っていました。
 しかし、調べると美大と普通の大学の中間のようなところもあると知りました。高校では部活に入っていなかったのですが、さすがに暇だし、最終的に美術系のところに進みたいという気持ちもあったので、美術部の人たちの情報を聞いてみたいと思い、高校2年の途中から美術部に入りました。
 美術部に行くと、美大を目指して頑張っている人たちがいて、やはり無理だなと思いました。でも顧問の先生がすごく良い方で、何も考えていないんだけれど美術系の学校へ行けたらいいなと思っている、と話したら、入学願書の一覧をパラパラとめくって「この筑波大学というところは入試にデッサンがないよ。ここ受けられるんじゃない?」と教えてくださいました。
 筑波大学の芸術専門学群という学部にある総合造形という専攻は、入試の時に大きなデッサンを描かず、小さい絵でも試験を受けることができました。また,一般推薦枠というものもありました。先生にすすめられ、受けられるものならば受けます、という感じで筑波大学を受け、幸いにも合格しました。


大学で好きなものを見つける
 総合造形ではいわゆる現代美術の作家が先生でした。入ってみてわかったのですが、その先生は自分が作家として制作することが大事なので、生徒側が何をしても文句は言わないけれど、その代わり具体的なことは何も教えてくれませんでした。だから自分のテーマがある人はどんどんやるけれど、自分のなかに何もないと何も身につかずにあっという間に4年間が終わるという、すごくリスクの高い専攻でした。
 総合造形に入ったはいいけれど、何をやっているかわからないし、就職率も悪い。これは怖いぞと思いましたね。芸術専門学群は専攻を移動できる制度があり、必要な授業さえ取れば3年生で最終的な専攻を決めるまではあちこちの専攻で学べました。その頃は、将来デザイナーって格好良いなと思い、早々にプロダクトデザイン(生産デザイン)専攻に変えました。ただ3年生になる時の選択肢として総合造形の授業も取っていました。
 自分の作った物をたくさんの人に使ってもらい、面白がってもらうのはやりがいがあるだろうとの考えから、生産デザインの勉強を始めたのですが、何万個と物を作る時には予算や納期など制約があることに気づきました。また大学でいろいろと見聞きしていくなかで、映画の小道具やドラマのセットのような物を一個だけ作り、それをメディアに乗せていろいろな人に見てもらうという面白い世界もあることを知りました。
 それなら総合造形でもできるなと思い、3年生になる時に総合造形に戻って、自分の面白いと思う作品を作って将来に備えました。量産するデザイナーになるよりは、変な物を作る人。ただ芸術家ではなく、例えば映画会社からの依頼で撮影に使う宇宙服や怪獣や、怪獣を倒す変な大きな銃をデザインして作るというような、何かお題をもらってそれに見合った物を作るという職人的な作業が良いなと思っていました。


「好き」だけでいいんだ
 その頃になってやっと自分の好みというものがわかってきたんです。大学に入って日本中から集まった変な人たちと出会い、自分の好きなことをやっても怒られないんだということを、初めて皮膚感覚として理解できました。
 とは言え、やはり最終的に作家になるには、戦争をなくそうとか男女差別をなくそうというようなテーマがある人でないとなれないものだと思っていました。私はそういう熱いものが何もないので、私みたいな人間はなってはいけないんだろうな、なれないんだろうなと思っていました。
 私が大学に入った頃にヤノベケンジさんという現代美術作家がデビューされて、人気でした。その方の作品というのがテーマうんぬんよりも、自分の趣味丸出しのもので、みんながそれをすごい!とほめているんです。ちゃんとしたコンセプトや難しい理屈がなくても、私はこういうものが好き!こういうものが格好良い!という思いで物を作っても、それが表現として実は何の問題もないということに衝撃を受けました。当然彼は彼なりにテーマがあるのでしょうが、はたから見ている分にはそこまでわからないし、わからなくても面白いと思えた。それでいいんだということにすごく救われました。
 それに影響され、好きだった宇宙服を作って友だちに見せたら、面白い!とすごくほめてくれて、とても感激しました。自分の好きな物を作り、人に見てもらう快感を知ったそれからの大学生活は楽しかったです。
 私の場合はそれに気づいたのが大学でした。自分の好きなものがわかると犠牲にできるものが決まってくるんです。これさえできればこれとこれはやらなくていいと物事に順序が付けられるので、自分の好きなものがわかるというのはすごく楽だなと思いました。楽しいのはもちろん、すごく気持ちが楽なんです。好きでやっている以上はそれが評価されなくてもあまり気になりません。人の評価が得られなくても、自分は面白いと思うんだけどなあ、と食い下がれるから気持ちが折れないのです。


<<戻る つづきを読む>>
2/3


一覧のページにもどる
Copyright(c) 2000-2024, Jitsugyo no Nihon Sha, Ltd. All rights reserved.