第9回 ヨシタケシンスケさん |
●にやっと面白がらせたい! 大学で好きな作品を作るうちに、就職活動をしなければならない時期が来ました。私は大学が楽しすぎて社会に出たくないと思って、大学院に進学しました。2年間執行猶予をもらったわけです。 しかしその2年もだんだんと過ぎて、いよいよ決断を迫られました。その時になると最初に考えていた、映画や特撮で使う怪獣や宇宙服を作るといいうことも面白そうではあるものの、徹夜続きで1ヶ月家に帰れないような過酷さにはなじめないと思いました。一方で遊べる物を作って人に喜んでもらうことが面白かった経験から、企業に入り自分のアイデアにプロの技術や資本をつぎ込んで、多くの人を面白がらせるシステムを作れたら面白いのではないかと思うようになりました。 就職活動をしている間に、ゲーム業界に就職が決まった友だちに感化されてゲーム会社を受けました。その会社に受かって配属されたのがゲームセンターにある、モグラたたきのようなローテク技術を使ったゲームの企画開発をする部署のプランナーでした。結局半年で辞めてしまうのですが、その半年間でいろいろな気づきがありました。 私は企画を一生懸命考えて出すのですが、新人なので当然全部ボツになってしまいます。先輩からいつも怒られていたのは、お前の企画書は読み物としては面白いけど内容が地味すぎる、ということでした。ゲームセンターに置く機械というのは、相手を悔しがらせて興奮させるという楽しませ方が求められるものでしたが、残念ながら私は最後まで人を興奮させるということがわかりませんでした。 人の面白がり方というのは実はすごくたくさんの種類があって、そのなかに向き不向きがあります。私はこの半年間で、私がやりたい面白がらせ方というのは、にやっとしたりじわっとしたりという地味な感じのものだったのだと気がつきました。「読み物としては面白いけど」と言われた時、だったら読み物で表現しようと思ったんです。 大学では立体作品を作っていましたが、大学を出ると立体作品は発表する場などに限りがあることがわかりました。その点、絵はあっという間に世界中の人に好きな時、好きな場所で見てもらえるという点でものすごく便利なメディアだと思いました。だから二次元で見た時に一番面白いもの、また読み物としても面白いものとして、イラストということも面白そうではあるものの、徹夜続きで1ヶ月家に帰れないような過酷さにはなじめないと思いました。一方で遊べる物を作って人に喜んでもらうことが面白かった経験から、企業に入り自分のアイデアにプロの技術や資本をつぎ込んで、多くの人を面白がらせるシステムを作れたら面白いのではないかと思うようになりました。 就職活動をしている間に、ゲーム業界に就職が決まった友だちに感化されてゲーム会社を受けました。その会社に受かって配属されたのがゲームセンターにある、モグラたたきのようなローテク技術を使ったゲームの企画開発をする部署のプランナーでした。結局半年で辞めてしまうのですが、その半年間でいろいろな気づきがありました。 私は企画を一生懸命考えて出すのですが、新人なので当然全部ボツになってしまいます。先輩からいつも怒られていたのは、お前の企画書は読み物としては面白いけど内容が地味すぎる、ということでした。ゲームセンターに置く機械というのは、相手を悔しがらせて興奮させるという楽しませ方が求められるものでしたが、残念ながら私は最後まで人を興奮させるということがわかりませんでした。 人の面白がり方というのは実はすごくたくさんの種類があって、そのなかに向き不向きがあります。私はこの半年間で、私がやりたい面白がらせ方というのは、にやっとしたりじわっとしたりという地味な感じのものだったのだと気がつきました。「読み物としては面白いけど」と言われた時、だったら読み物で表現しようと思ったんです。 大学では立体作品を作っていましたが、大学を出ると立体作品は発表する場などに限りがあることがわかりました。その点、絵はあっという間に世界中の人に好きな時、好きな場所で見てもらえるという点でものすごく便利なメディアだと思いました。だから二次元で見た時に一番面白いもの、また読み物としても面白いものとして、イラストの仕事を志望するようになります。 |
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●自分の収まる場所を見つける 初めからイラストレーターになりたいという目標があったわけではなく、営業活動をしたわけでもありません。やっていた個展の会場で自分のイラスト集を自費出版で作りいろいろな人に配っていたら、出版社から本にしませんかと声がかかりました。そして出版された本を見た人にこの人はイラストレーターなんだなと思われる。こうしていつの間にかイラストレーターの仕事につながったんです。そして最初のイラスト集を見た絵本の編集者の方から絵本を描いてみませんかと言われ絵本も描かせていただけるようになりました。 自分が面白いと思って自分のためだけにやっていたことがたまたま運よく人の目に触れることになったという感じでした。 そのなかで立体作品は大変だなあと思ったり、人を興奮させられないのなら,にやっと笑わせればいいと発想を変えたりという取捨選択がありました。自分の元々持っているものはどこの場所に一番収まりがいいのか、自分のやろうとしていることをちゃんと面白がってくれる人がどこにいるのかを常に考えていました。 私の場合はたまたまそういう人にめぐり会えたのですが、自分の持っている資質や好みというものがどこに一番はまるのかというのは、自分が経験のなかで見つけていかなければいけないことだと思います。それが自分の先の人生を考えるうえでも大事になってくるのではないかと思います。 ●ネガティブも使いよう 私のような考え方の一番のデメリットは、向上心がなくなることです(笑)。とにかく自分の心の平安が一番なので、冒険せずに、持っているものだけを磨いて他人と勝負できないかというひとつの方法論で生きています。冒険をしないから、新しいところに一歩出たことで広がるだろう可能性をいっぱい殺しているはずですが、一生井の中の蛙でいる戦い方も、それはそれで面白いのかなという気がしています。世界中をまわった人に「こいつの井戸の中楽しそうだな」と思わせるようなこともひとつの方法なのだろうと思います。 ただ、好きなものを見つけるというのは実際難しいものです。今は特に、生まれてから身の回りに何でもあって、何でも好きなように選べるなかで、何が足りないの?と言われてもわかりはしないわけです。それでも夢や目標がなきゃ駄目だよと言われることの理不尽さというものはあって、「別にないよ」と言った時に「ないよね」と言ってくれる人がいるかどうか。「何かあるでしょ」「じゃあ何がやりたい?」と言うのではなくて「じゃあ何をやりたくない?」という引き算で、やりたくないところから最後に残ったものを押し広げていくという方法もあるはずです。 選択肢が少ないということは何より良くないことだし、子どもに対して選択肢をたくさん見せてあげる、というのが大人の大きな仕事のひとつなのだろうと思っています。こんな人もあんな人もいるし、こんな人がすごいとされているけどこんな人もいるんだよと、そういういろいろな考え方があるなかで、君はどれが自分にとって一番納得できるかを選べるんだよというイメージのようなものを伝えられないかなと思っています。 ●伝え方が大事 大人になった今、当然先生にも親にも立場があるし、夢があってくれたら楽なのにという大人側の気持ちもすごくよくわかります。だから、こんな言われ方をすると焦るけど、同じことを伝えるのでもこんな言われ方をすると安心して悩める、という伝え方が大事だと思います。夢を決めなくても、いつかは見つかるだろうから、探し続けておけばいい。決めるということよりは探すということが必要で、やはりアンテナを張っておかないと引っかかってきません。 中学生の時、先生が「僕は同じ職員室のなかでも嫌いな先生はいるからね」と言ったことが衝撃的でした。よく考えたら当たり前のことですが、そう言われてみればそうだよなと、なんだか救われた気がしたんです。そうやってぶっちゃけて話してくれたというのは、子どもにとってうれしいですよね。こちらを信頼してくれているという感じにつながります。建前上はこうだけど、個人的にはこうだ、ということをうまく使い分けられる先生って生徒からすると信頼できる気がします。 大人も大変なんだな、いい加減なんだなということを知るのは大事だと思います。そういうセンスのいいぶっちゃけができると強いんでしょうね。 (構成・写真/中込雅哉)
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