第65回 ブリキのおもちゃ博物館館長 北原照久さん |
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●ヨーロッパで触れた価値観 高校を卒業して大学に入ったものの、当時は学園紛争の真っ最中で授業はほとんどありませんでした。バリケード、ストライキ、ロックアウト。すっかり当てがはずれました。ところが、がっかりしたぼくに父はこう言ったのです。 「家はスキー専門店を営んでいるんだから、一年間休学して海外でスキーの勉強でもしてこい」。 そこで、ぼくはオーストリアのインスブルックというところに行きました。このヨーロッパでの生活が、後から考えると重要な経験だったのです。物を大切にする人たちや、好きなものに囲まれて生き生きとした生活を送っている人たちに出会って、自分の人生観が大きく変わりました。また、物というのは使う人によって変わってくるということも初めて知ったのです。日本の消費文化しか知らなかったぼくにはとても新鮮でした。 帰国してから、ぼくはコレクションを始めました。二十歳から始めたのが積もり積もって、今では六軒の博物館と、フロリダのディズニーワールドでコレクションを展示するまでになったのです。 このように人生とはどこでどうなるか、全くわかりません。「今の自分は最悪だ」と思ったことが、後に振り返ると最高のきっかけとなることも多いのです。まさに「人間万事塞翁が馬」です。ですから、「今は悪い状態だ」と思っているときはむしろチャンスだと思うべきなのです。辛いこと、苦しいことというのは、生きている間はいくつになってもあります。 ぼくは究極のプラス思考です。でも、それは意図的に何事もプラスに考えようと心がけているからです。プラス思考の人は切り替えもうまいし、いつも明るくて笑顔が絶えません。そして、いつも明るい人の周囲には人が集まってくるのです。なぜならば、いつも眉間にしわが寄っている人よりも近寄りやすいからです。植物も昆虫も明るい方に惹かれますよね。暗い方に惹かれるのはごく一部です(笑)。 人が集まるとなぜよいのか。それは情報が集まるからです。情報がたくさんあればあるほど、生きるヒントやビジネスのヒントになっていくのです。逆にひとりでつまらない顔をしていたり、愚痴をこぼしていたりすると、運がよくならないし、思っていたことがなかなかできません。 ●独立、そして開業 「北原さんはすごいお金持ちですよね」とおっしゃる方がいます。たしかに博物館を開いたり、いろいろなアーティストの作品を集めたりしているので、そう思う人が多いのでしょう。しかし、一九八五年にぼくが横浜の山手にオモチャのショップとミュージアムを始めたときは、莫大な借金をしてスタートしたのです。 それまで働いていた実家のスキー用品店をやめて、独立して自分の店を開きたいと打ち明けたときに家族はみんな反対しました。独立の資金が不足だったことを心配したのです。当時、ぼくはお金をすべてコレクションにつぎ込んでいましたから(笑)。しかし、父も一代でスキー用品店を開業したのだから、ぼくもできると考えていました。もちろん、経営が軌道に乗るまでにはいろいろなことがありましたが、おかげさまで今日まで大盛況です。 そうやって、ぼくはいつも明るく前向きに、自分の夢を周りに表明して、有言実行でやってきました。それは苦しいときや辛いときに、常に自分のことを客観的に見ることができたのも大きかったと思います。海で泳いだことがある人はわかるでしょうが、陸から海を見るのと、海から陸を見るのでは、同じ場所でも景色が全然違うのです。同じように、自分が海から陸を見るように客観的に自分の状況をながめたときに「意外にたいしたことがない」と思えたのです。 ●履き物をそろえれば人生が変わる ある中学校で講演をしたときに、ぼくはこんなことを言いました。「人が見ていなくても、玄関の履き物を全部そろえてごらん。自分のものだけではなくて、全部そろえるんだ。そういう習慣をつければ、人生は相当よくなるよ」。 後日、みなさんから「履き物をそろえています」「家族にほめられました」といった手紙やFAXがたくさん届きました。うれしかったですね。 なぜほめられたのか。家族は履き物をそろえるところを見ていなくても、「誰がきれいにしているんだろう」と当然思うはずです。それが普段はそんなことをしないような子どもであるとわかったら、家族はことさらうれしいでしょう。そして、人間はほめられれば必ずやる気になります。 履き物をそろえていると、今度はいつもそろっていないと気持ちが悪くなってきます。つまり、気持ちもそろってきて、整理能力がついてくるのです。この整理能力というのは、勉強にはとても大切です。 また人の見ていないところでも、実は誰かが必ず見ています。誰も見ていないところでやったことというのは、二倍にも三倍にも評価されるのです。反対に、人の見ているところだけ一生懸命にやる人というのも、またよく見えてしまいます。 いつもちょっとしたことをやり続ける。これは決して難しいことではないと思うのです。小さいことでも、それが次第に大きくなっていきます。自分の夢が実現する一歩一歩になっていくのです。最初から大きいことなんてできません。まして小さいことができないのに、大きいことなんてできるわけがないのです。 イチロー選手は確かに天才かもしれませんが、それはともかく誰よりも多く練習をしているのは間違いありません。松井秀喜選手もそうです。そういう意味では、生まれながらの天才なんて本当はいないとも言えるでしょう。普通は同じことを何度もやっていたら、嫌になってしまいます。ですから、天才というのは人知れず同じ練習を何回もできる人のことではないでしょうか。
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