第12回 森川すいめいさん |
●精神科医の道を選んだ理由 最終的に何科を専門にするかは、研修医の2年間で選ぶのですが、研修2年目に、緩和医療というものに出会いました。当時緩和医療は始まったばかりで病院では行われていませんでした。たくさんのがん患者さんたちが痛みで叫ぶ姿をみて、私はとてもショックを受けました。 そんななか、ある本に緩和医療の知識が載っているのをみつけ、それをもとに少しずつ実践してみました。すると患者さんの症状は確かによくなっていきました。この新しい方法でみんなが助かるんだと思い、さらに勉強を重ね、研修医中に緩和医療チームを立ち上げました。そのときは緩和医療の道に進もうかとも思ったのですが、私はその道とは違う道を選択しました。 今思えば私が精神科医の道を選んだのはふたりの素晴らしい精神科医との出会いが大きかったように思います。ひとりは、当時ホームレス支援の現場にいらっしゃった先生です。どれだけ暴れている人でもその先生と話すと落ち着くという先生でした。もうひとりは、精神科病棟での研修の際に出会った先生です。精神科医の先生は患者さんに悪口をいわれてしまうことも多いのですが、この先生の悪口をいう患者さんは誰もいませんでした。 二人とも有名な先生でしたが、権威者として有名なのではなくて、すごくよい先生だというのが噂で広まるタイプの人でした。患者さんのことを思っていて、なおかつ行動に移せるというのはそれだけ芯の強さが必要なんです。 もうひとつ精神科医の道に進むきっかけとなったのは、ホームレス支援の現場での経験でした。ホームレス状態の人のなかにはアルコールを飲んでいる人もたくさんいたのですが、そのなかに、アルコールを飲みながら「酒を止めたいんだ」と泣いた人がいたんです。この矛盾した言葉はとても切実で、衝撃的でした。 また、精神科は自分で興味をもってさえいれば内科のことも勉強することができるというのも魅力でした。そういったさまざまな理由が重なって、研修後はアルコール専門の精神科病院に3年間行くことになりました。そこで現在の診療につながることを学び、今このクリニックにいます。 アメリカの著名な実業家のジャック・ウェルチの言葉に「40歳までは貯金をするな」というものがありますが、私は「40歳までは悩んでいい」と思うのです。40歳まではいっぱい勉強をして、自分の成長のために投資をして、自分探しをしたほうがいいと思います。 |
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●人生を生きやすくするためには 私はドラッカーが好きで、よく本を読んで勉強しています。一見、医療とは関係なさそうですが、東日本大震災が起こって精神科チームとして被災地に行ったときも、マネジメントの知識が人を助けるシステム作りにすごく生きました。 ドラッカーの本には、「自分の強みと弱みを知ることがすごく大事だ」ということが書いてあります。それ自体はよくある言葉ですが、同時に「だけど自分の強みも弱みもなかなか自分ではわからないんだ」ということも書いてあります。 以前、大学生を相手にワークショップを開いたとき、「強み・弱みワーク」というものをやりました。自分の弱みは自分で、強みはほかの受講生にいってもらうという内容でした。最初はみんな「こんなの意味あるのか?」という感じなのですが、やってみると「自分の強みって知らないんだ」「みんなが自分のことをこう思ってくれていたんだ」とすごく感動してくれました。自分の強みは簡単にはみつからないですから、友だちに教えてもらったり、旅をしながら探したりしてゆっくりみつけていけたらいいのかなと思います。 精神医療の観点からみると、人は弱みが強みに変わるときに大きな力を発揮します。例えば人の顔色ばかりをみて生きていかざるを得ない子どもは、誰かを支援する職に就くとすごく力を発揮することがあるんです。顔色をみるのが得意だから、人の困っていることがわかるんですね。でもそれだけではだめで、そのときに、顔色をみつつも自分で意思決定ができないといけないんです。 実は、弱みが強みに変わろうとするときに、それを邪魔する別の弱みというものがあります。その「邪魔する弱み」が何か、ということがわかると強みがしっかり生きるようになります。 人の顔色をみてしまうという弱みを、人の困っていることがわかるという強みに変えるとき、その邪魔をするのは自分に軸がないという弱みです。「自分はこれでいくんだ」という軸をもてば周りに流されることなく、力を発揮することができます。 人は弱みや欠点をたくさんもっているものですが、欠点を直しなさいという考え方は非常にナンセンスで、すべての欠点なんて直るはずはありません。でも一個だけなら欠点を直す努力はできると思うんです。つまり自分の強みを邪魔する欠点だけを直せばいいんです。 今しんどい思いをしている子がいるとしたら、生きやすい方法はあるんだということを信じてほしいですね。 私はこれからも、自分に嘘をつかずに生きていきたいと思います。具体的に何をするかということは、そのとき周りに誰がいたかによって変わってくると思うんです。でも何をすることになったとしても、自分に嘘をつかずに生きていきたいです。 (写真/構成 中込雅哉)
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