第45回 ロスオリンピック代表選手/スポーツジャーナリスト 増田明美さん

「書くことは好きでした。練習日誌も他の陸上部員は毎日三行ほどでしたが,私はノート半分ぐらい書いていました(笑)」
「お前の時代は終わったんや」
 オリンピック後は,もう二度とマラソンはしないと決意して川崎製鉄を退社し,教職を目指して法政大学社会学部へ入学しました。ところが,校舎は八王子のめじろ台というところで学校の裏に獣道があるのです。秋に,そこをなんの目標もなく走っていたら,やわらかな落葉と頬に当たる風が気持ちよくて泣きたいような気持ちになりました。そのうち,また真剣に走り出すことを我慢している自分の気持ちのほうが苦しくなってしまったのです。そんな迷いを現在の陸上競技連盟の小掛照二副会長に相談しました。すると「思い切って環境を変えてアメリカ留学に行くか?」とおっしゃったので,私も「アメリカ」にうれしくなって「ハイ,行きます!」と(笑)。これがまた,日本だったら考えてしまったと思うんですが……。
 アメリカから帰国後の一九八八年一月に五輪以来,初レースの大阪国際女子マラソンを自己ワースト記録で完走しましたが,そのとき観客から「増田,お前の時代は終わったんや」と大声で言われました。私としては悲劇のヒロインではないのですが,一度はマラソンをやめたのにアメリカで再起をかけて戻ってきて,しかも大阪国際女子マラソンというのは私にとって非常に縁のある大会ですので,みんなが私のことを待っていてくれているという甘えもありました。ですから,すごく自分がみっともなくて。でも,冷静に考えれば私に声をかけた人は別に悪気があったんじゃないと思うんです。ソウルオリンピックの選考会でもあったので,応援していて私がふがいない走りで三十番目を走っていたから,叱るような感じだったのでしょうね。
 翌年(一九八九年)の第十一回東京国際女子マラソンでは日本人最高の八位につけることができました。それは,私の中で「よし,今に見ていろ」という気持ちもあったかもしれません。でも,その「今に見ていろ」っていうエネルギーは決して美しくはないと思いますが,勝負者としてはいいエネルギーです。


引退,そしてマスコミの世界へ
 一九九二年一月の大阪国際女子マラソンを最後に引退しました。引退を決めたときは「もういいや」って思いましたね(笑)。けがも多かったし,オリンピックという目標もなくなって,自分はなんのために走っているんだろうと思ったのです。そして一年かけて引退の準備をしたのですが,そこまで準備した大会で私,最後は途中棄権してしまったのです。レース後の診断は七カ所の疲労骨折でした。十代の頃の減量が体の骨を弱くしていたんですね。
 そういう終わり方をした後,いろいろ進路のことを考えました。それで,自分になにができるかなと思ったら,自分が今までやってきたこの十三年間の経験を後輩たちに伝えていくしかない,と。最後はきちんと花道を飾りたかったのに飾れなかった自分の反省点も含めて,そういうことをまず伝えようと思って,最初は共同通信で月一本の連載を始めました。
 それから,引退直後は西武池袋線の東長崎にある地域福祉研究会「ゆきわりそう」というところで,身体障害者の子どもたちにランニングを教えていました。代表の姥山寛代さんをとても尊敬しておりましたので,いろんなことを学びました。
 マラソン解説の仕事は,一九九三年に浅利純子さんが金メダルを取った,ドイツ・シュトゥットガルト世界陸上選手権が大きいものでは初めてでした。それが私にとっておもしろかったのですね。解説が,というよりも自分で取材するのがおもしろかったのです。高地トレーニングにしても,イメージトレーニングにしても,自分がマラソンというものをしっかり知って終わっていなかったので,疲労物質の乳酸値やアルファー波を測定するなど,データに基づいたトレーニング法を取材するのがおもしろくて,はまってしまいましたね。
 今,各地の小学校訪問をしています。学力もいっしょだと思うのですが,体力にもスポーツをする子,しない子の格差がありますね。たとえば田舎の学校で自然環境に恵まれているから,よく遊んで体力があるだろうと思っていたらそうではなかったり,逆に都会の学校ではいろんなクラブに入っていたりと……。自ら体を動かしているかいないかで,格差があるのです。それに,先生が元気な学校は子供たちも元気だなと感じます。
 私は来年四十歳で,人生の折り返し地点だと思うんですね。これからはスポーツや陸上の仕事を大事にしながらも,ただ中継やスポーツ大会の仕事だけではなくて,そこからもっと広がるような活動をしていかなければいけないと思っています。

(構成・写真/桑田博之)
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