第38回 飼育人 柴田和彦さん |
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●仕事から生き様が見える 動物の飼育係にとって大切なことは何かと,よく聞かれます。それは動物をよく見て,よく知ること。一番大事な基本ですが,できている人は,少ないものです。 飼育係になって数年目のころ,名古屋の大きな動物園,東山動物園に,休日のたびに勉強に通っていました。見学に行くと,その動物園の先輩が「飯でも食うか」とご飯をおごってくれるのが慣習なんですが,ぼくの場合は,休日は一日と欠かさず行っていたので,さすがに,自前のお弁当を持っていっていました(笑)。おおみそかにも行ったら,ちょっと驚かれましたね。でも,動物相手の仕事に,休みはないと思うんです。 そのころ,勤務していた豊橋の動物園で,ライオンのあかちゃんが生まれました。トモという名前のメスのライオンでした。トモは,人工保育といって,人が親がわりに育てる方法で,育てていました。人間のあかちゃんでもそうですが,夜間にもミルクをあげなくてはいけない。今では許されないのですが,夜はトモを自宅につれて帰って世話をしていました。それが近所で「夜,あそこの家にいくとライオンのあかちゃんが見られるよ」とうわさになり,いろんな人がぼくの家にやってきました。そのなかの一人が,のちにぼくの奥さんになった人です(笑)。 ぼくは,いわゆる家族サービスっていうものは,なにもできませんでした。動物の命と心を預かっているのだから,家族にかまけることは許されないって思ってきたんです。うちのちびが-そうは言ってももう二十代後半の娘ですが,言うんです。「お父さんと出かけたのって,ケニアとかの動物観察も入れて七回だけだね」って。でも,仕事をきちっとできない人間は信用できないというぼくの思いは,きっと娘にも伝わっているんじゃないでしょうか。 ぼくの奥さんは,幼稚園の先生をしていますが,すごい人です。この間も,卒業二十年目の同窓会に呼ばれていました。出席していた,二十年前の園児が言っていたそうです。「同窓会行くんだと友だちに言うと,高校の同窓会って聞かれるの。違うというと,『中学校?まさか小学校じゃないよね?』って言われて,幼稚園の同窓会って言えなかった」って(笑)。4歳,五歳だった子どもが大人になって,それでも「先生」「先生」と慕ってくれる,そんな妻を誇りに思います。仕事ぶりは,その人の生き様そのものなんです。 ●人と動物の関係を築く ぼくは,飼育係の若い人たちに,飼育のノウハウだけを話すようなことはしません。仕事に対する姿勢,資質に関わる部分をきちっと伝えたいと思ってます。 えさをあげるとか,檻に入れるとか,日誌をつけるとか,時間時間で決められた仕事をこなして,仕事をやったと思ってしまう人が多いんです。同じえさをあげて,同じことをしてあげても,それぞれ違うウンチをする,それが動物なんです。1+1のように,仕事を教えても仕方ないんですよね。 「担当している白熊を見てください」と若い子が言ってきたんです。見ると,ほんのわずか,足を引きずっている。「足をちょっと檻ではさんだんだ」というと,その担当の子は「絶対そんなことはない」と言い張りました。ところが何年か経って,ある飼育係の子が言ってきたんです。「あの時,担当の子が休みのときに,自分が世話をしていて,白熊の足をちょっとはさんじゃったんです。見た目には大丈夫だったし,ほうって置いたものの,柴田さんが一目で見破って怖くなってしまいました。なんで,わかったんですか」と。なんでわかったか,それは,いつも動物を見ていて経験をつむこと,動物の行動の理由を考えること。それしかないんです。 「トラが私にだけ威嚇してくる」と相談してきた子もいました。そのトラが,そういう性格かというとそうではないんです。ちゃんと理由がある。調べると,前任の担当者が,檻から出すときに,毎日脅しながら,飼育していたんです。だから,トラは「担当飼育係」とはそういうものだと思って,負けないように威嚇していたんですね。トラだって,外に出たくない気分のときがある。それを,脅して行動させるなんて,もってのほかです。 気分が乗らないときもきちっと言うことをきかせる関係を普段から構築しておくのが,飼育係の仕事なんですよ。「ぼくの前ではキリンがぜんぜんものを食べてくれないんです」と悩んでいた子が,「キリンの前でぼくの存在をゼロにすることができました!ぼくの前で食べてくれるんです!」と喜んで報告に来ました。「ばかもん!」と怒鳴りつけましたよ。ぼくがいるから安心できる,ぼくがいるから食べてくれる,そういう関係を作らなくてどうするんだ,と。飼育係は,人として個々の動物との関係を構築する仕事。だからぼくは,この仕事を「飼育人」と言っているんです。
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