第27回 生活とリハビリ研究所代表 三好春樹さん

老人が嫌いだという人は未来が嫌いだということです。未来とは楽しく付き合いましょう
年をとると個性がより煮つまる
 初出勤当日,職員研修もなしに,裸の寝たきりのばあさんたちを次から次へと抱えて入浴介護をさせられたのにも驚きましたが,仕事の内容よりも自分自身のもっていた価値観がひっくり返ったことのほうが大きかった。人は老いると人格が完成し,ホームのお年寄りは,介助してもらうと手を合わせて「ありがとう」といい,毎日お経を読んで暮らしているというのが,それまでのぼくの老人観だったわけです(笑)。
 ところが,そんなぼくの老人観は勤め始めて一週間で全面崩壊してしまいました。最初の二日間くらいは五十人が五十人,全部同じ顔に見えるわけです。男と女の区別もつきにくい。ところが三日目くらいから一人ひとりの個性が見えてくるんです。主任指導員にラブレターを手渡すじいさんがいて,「小生とキャバレーに行きませんか」なんてくずし字で書いてあったりする(笑)。元教師のばあさんは,ぼくの顔を見るたびに教え子だと思いこみ,「何期生ですかね?」と聞く。「これからロシアに行く」と言い張ってきかないじいさんは,昔,満州で白系ロシア人の女性にもてた過去があるとか。ヨダレを不自由な手でぬぐいつつ,一日中ベッドの上で赤旗を読んでいるじいさんは,調べてみると当然,真面目な共産党の活動家だった。老人になると人格が完成するどころか,より個性が煮つまるということを知りました。真面目な人はますます真面目に,頑固はますます頑固に,そしてスケベはますますスケベにと(笑)。
 ぼくの勝手な老人像を打ち壊されたけれど,なぜか救われる思いがしたんです。人間,最後にこんなに個性的になるのなら,若いうちから個性的に生きていいんだと。「もともとあらかじめ引かれたレールなんてないんだ。生きたいように生きる,それだけだよ」と。老人たちが,レールを外れて生きてきたぼくに諭してくれたように思えたんです。実際に老人の口から出た言葉は「あんた若いのに感心じゃの。仕事はせんでもええのか」でしたが(笑)。


初めて勉強が好きになる
 ホームに四年半勤めた後,理学療法士を養成する学校に入ったわけですが,ここでの勉強は本当に面白かった。授業で「脳卒中で失語症」とか「パーキンソン病」とかいう言葉が出てくると,ホームの見知った老人の顔が浮かぶわけです。「あの人にはああしてあげればよかったんだな」「あの人が言っているのはこういう意味だったんだな」とか,勉強しながら全部了解できちゃうわけです。あの嫌だった受験勉強とは大違い,授業が楽しくて仕方がなかったですね。
 ぼくは本当の勉強というのはこういうことだろうと思うんです。看護の世界でも今,准看護婦制度廃止の声が主流となっていますが,准看護婦の多くは昼間病院で働きつつ夜勉強しているわけです。ぼくはこれは理想的な形だと思いますね。何故ならば,現場を知らずに大学で看護や介護を学ぶということは,海を見たこともない人間が,水泳を通信教育で学ぶというようなものです。まず海へ入ってバチャバチャやって,面白いから泳いでみたいなと思って,それで泳ぎの練習をするというのが本当だと思うんですが,みなさんはどう思われますか?
 理学療法士として,元のホームに三年勤めた後,フリーとなり,「生活とリハビリ研究所」を主宰しました。この年,老人保健法ができ,保健婦さんたちが初めて寝たきりの老人の家を訪問するようになりましたが,「どうやって機能訓練をしていいかわからないから,ちょっと一緒に来てほしい」という要請が増えたんですね。そのうちに短期間で結果を出そうとする病院のリハビリとは違う,生活の場を立て直すような地域に根ざしたリハビリというものを研究したいと思ったことが大きな理由です。
 それからもうひとつ理由があって,介護現場の人は文章を書かない。文章を書くことが好きな人間は別の領域に行きますからね。ところがものすごい仕事をしている人がいるんです。病院が見放したじいさんをどんどん元気にしちゃう寮母のおばちゃんなんかがいるわけです。「このくそじじい」なんて憎まれ口を叩きながらの介護なんですが(笑)。もちろんおばちゃんは介護の専門教育を受けてもいないし,特別な資格も持っていない。おばちゃん本人もすごいことをしているという自覚があるわけでもない。しかし,そのへんの医者や看護婦が束になってもかなわない介護術をもっているわけです。その介護術を何とか言葉で表現し,多くの人に発信していくのも自分の役目じゃないかと思ったんですね。最近,「うちは有資格者しか採用しない」なんて老人施設もありますが,実は人間を見る目がないということを自ら告白しているようなものなんです。


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