第19回 映画監督 本広克行さん

『サトラレ』での八千草薫さんの演技はすごかった。本物って感じでしたね(写真提供/東宝)
職業監督の血が燃える
 ぼくは映画が公開されてから、必ず劇場に足を運ぶことにしてるんです。緊張しますよね。一緒にお客さんと見ながら「ここでうけてくれぇ!」「ここは泣くとこだ!」って心の中で叫んでますもん。鼻をすする音なんかを目を閉じて、満足しながら聞いたりしてるんです。でも予想外の反応が多くて。あんまり笑えないはずの場面なのに笑ってくれたり、自分でも「あれ?」って思いますよね。
 でもこの予想外の観客の反応が次の作品に生かされることがぼくの場合はすごく多い。『踊る大捜査線 THE MOVIE』(98年)のときには、「なんでお客さんはこんなに笑うんだろう」と思って、きっと「笑い」の種類ってたくさんあるんだろうなぁ、と考えはじめたんです。だから、次の『スペーストラベラーズ』(00年)では「笑い」をテーマにして、「笑い」をいろんな角度から実験的な意味も込めて演出していきました。そのとき、最後に少しだけ「泣き」のポイントをつくったんです。ぼくとしては少しだけのつもりだったのに、お客さんは悲鳴が上がるほど泣いてるんですよ。「なんでこんなに泣くんだろう」というくらい。それで、次は「泣き」だなって思って、人を感動させる泣けるお話を撮ろうと思った。それが現在公開中の『サトラレ』に生かされるかたちになりましたね。
 もうひとつ、『スペーストラベラーズ』を見に行ったときに、教えられたことがあったんです。ぼくは平日の昼間に見に行ったんですけど、人があまりいなくて映画館がガラーンとしていた。ショックでしたね(笑)。なのに休日に行くと、若者であふれている。「これはいかん!」と思って、平日の昼間にお客さんがこれるソフトをつくりたいと痛切に感じたんです。
 たとえば平日にお芝居を見に行ったりすると、おばさんたちがたくさんいるんですよ。「ははーん、おばちゃんたちは平日の昼間、こんなところに泣きに来てるんだな」と。だから、「こういう人たちのためにも映画をつくんなきゃだめだ」って、職業監督としての血がめらめらと燃えてくるんですよ。個人的にもぼくは職業監督が好きですね。ジョン・フォードに、ジョージ・ロイヒル。いろいろな作風があって、本当にかっこいいな、と思います。


現場での口出しはしない
 三月十七日から公開されている『サトラレ』ですが、これは非常に厳しいスケジュールのなかで撮りました。まず話が持ち上がったのが七月くらい。感動系の話にしようというところまでは決まってたんですが、「じゃあ、具体的に何にするか」というので、予算と期間を考えると煮詰まってしまって。だって、二月か遅くとも三月と公開の日程は決まっていたんですから。
 早く決めなきゃと焦っているときにプロデューサーに見せられたのが、漫画雑誌で連載中だった『サトラレ』。それが非常に感動的な話で、時間や予算的にもぴったりだった。これをもとにもっと膨らませていこうということになったんです。
 でもとにかく時間がない。企画が決まったら、すぐに脚本に取り掛かって、ほとんど毎日が打ち合わせ。本をつくりながら、配役を決めていく。役者が決まるとそれに合わせて本を書き直したりして。こういうやり方はぼくの経験からいっても、非常に稀じゃないかな。役者さんたちにお願いするときも、「脚本はまだないんですけども、原作はこういう漫画なんです」と雑誌を見せて回ってましたね。
 ぼくの場合、配役が決まったら撮影に入る前に役者さんと綿密に打ち合わせて、演技について考えてきてもらう。それ以降、現場では基本的に口を出さないことにしてるんです。演出を極力控えて、役者さんにのびのびとやってもらいたいから。ぼくがやることといえば、演技が微妙にマッチングしていない部分を調整するくらいです。
 それでも演出の醍醐味というのもやっぱりあって、お芝居のうまい人とうまい人をかけあわせたときのパワーってすごいものがあるんです。それは演出していて、すごくおもしろい。たとえば深津絵里さんて、すごく演技のうまい人なんですけど、『スペーストラベラーズ』で安藤政信くんとかけあわせたときに、微妙な芝居の戦いを繰り広げるんです。これはふたりにしてみれば、勝った負けたの世界みたいでね。
 今回の『サトラレ』では、安藤くんと八千草薫さんが戦ってました。それが他の役者さんにも影響を与えていくんですよ。そうやって生まれてくる演技は、これは監督でも計り知れない部分があって、いつも驚かされます。


コラボレーションで仕掛けをつくる
 今回の『サトラレ』は、スケジュール的にも異例だったんですけど、「TRIBUTE link.」(トリビュート・リンク)といういろんな企業が集まって立ち上げた合同プロジェクトに参加するという、これまた異例の取り組みがあったんです。このプロジェクトは、マツダの「トリビュート」という新車を中心に映画や音楽やファッションをコラボレーション(共同作業)させたもので、簡単にいうと、映画のなかで走っているトリビュートを見て、観客が「かっこいいクルマだな。ぼくも欲しいな」と思ってくれるような効果を狙ってるんです。
 それで「トリビュート」に、主役を助ける車という重要な役割を担ってもらい、衣装はワールドからタケオキクチさんの「TKタケオキクチ」。主題歌はソニー・ミュージックエンタテインメントのオリジナルレーベルからクリスタル・ケイさんの「LOSTCHILD」です。
 こうやって各企業さんと協力することで、予算的に非常に楽になりました。ぼくはこの楽になったぶんを、クレーン代とかにつぎこめる(笑)。こうやって制作費に余裕が出れば、作品のクオリティも上がるし、全然違ってくる。まぁ、娯楽作品だからできることでもあるんでしょうね。芸術性の高い作品だとちょっと難しいかもしれません。もちろん制約が出てきたりするのは困りものだけど、多くの人に見てもらうための仕掛けとして、こういうプロジェクトに参加するのもありだなと思いましたね。


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