第14回 作家 西丸震哉さん

少しでも長生きしたかったら野菜や豆中心の食生活にすることです
このままでは日本は滅びる
 東京に帰った私は農林省に入ることになりました。最初の頃は食物の分析が中心だった。この野菜にはビタミンCやカルシウムがどれくらい含まれているかといったものです。あそこは居心地が良かった。私は研究員だからひたすら好きなときに研究するだけでいい。出勤簿なんていうものもあるにはあったけれど,月に一回まとめて押しても誰も文句は言わない。自分の研究さえ早く終わらせれば,山でも海外でも好きなところに出かけることができる。
 一年のうち三か月間は日本の山を含め,ニューギニア,インド奥地,アマゾン,アラスカと,世界中の秘境と言われるところを探検することができた。おかげで三十年以上も在籍することになってしまった。もっとも途中からは,私が著作物や講演で日本の農政批判をバンバンするものだから,上層部はほとほと困っていましたけどね(笑)。
 探検は冒険とはまったくちがうものです。字を見てわかるとおり,探検とは探って調べること。自然科学の分野でもまだ知られない,誰も知らないことを知ろうという,要するにディスカバーというのは知らないもののカバーを外して見ようというのが基本ですから。あくまで科学的緻密さや細心の注意力が必要とされます。そこで食糧や栄養学の研究者としての自分と,登山家としての自分を生かす,何か面白い研究面が開拓できないかと考えて考案したのが,人間の過去から未来への食形態の変動とか,民族間の嗜好の差と環境とか,人間の正しい生存路線というテーマだった。
 ただ研究を進めれば進めるほど人類の未来,特に日本人の未来は絶望的だということがわかってくる。高度成長期に入ると,有機水銀やカドミウム,食品添加物の使用量がやたらに増えだした。化学肥料や農薬の大量投与,大気汚染の影響についても同様です。自分で毎日分析しながらこのままでは日本人は近い将来滅びると確信すら覚えた。この考えは現在でも変わりません。
 中央アジアの砂漠の中の廃墟も,アンコールワットもマヤの遺跡も,砂漠や熱帯ジャングルの中にあんなものをわざわざつくったわけではなく,もとは肥沃な土地だった。そこに住んでいた住民たちが環境を破壊してしまってどこかへ移っていったか,絶滅したかしてできたものです。私が二十五年前から予測し,十年前に出した「41歳寿命説」という本は大きな反響を呼びましたが,だからといって日本が正しい方向に向かったかというとほとんど変わっていない。
 個人的には山小屋に塾を開いて,永六輔さんたちにもきてもらって農家向けの講座なんかも三年間ほど開きましたけれど,まさに蟷螂の斧。乳児死亡率が激減したことが一番の要因にもかかわらず,平均寿命が世界一だと相変わらず大多数の日本人は浮かれている。なおかつ現在,長寿といわれる人たちと,高度経済成長期以降に生まれた人たちとでは,幼少期の環境がまったくちがう。母胎の中にいるときから有機水銀や有害化学物質を否応なく摂取させられ,現在の日本列島のような薄い毒ガスに覆われる中で生きてきた人間とでは寿命が同じわけがない。孫たちは祖父母の半分しか生きられない時代がすぐそこまできているのが現状です。

好きなことだけやってきた
 若い人たちに言いたいことは,「やりたいことを早く見つけて早くやれ」ということです。かわいそうだけれども,若い人たちの寿命は短く限られているんですから。私がいままでやってきたことは,すべて自分のやりたいことをやってきただけです。やらないと損だとわかっていることでもやりたくないことはやらなかった。たとえばゴルフなんかもそうだし,競馬競輪もやらない。麻雀は名人クラスだったけれども,これも時間の無駄だからやめた。好きで好きでしょうがないことだけに集中してきた。
 いま夢中になっていることはスイスの山歩きですね。チューリッヒでレンタカーを借りて,そのまま女房とふたり,好きなところに向かう。女房は海辺で育ったものだから本当は海が好きなんですが,山男と結婚した時点であきらめたようです(笑)。今年の六月にも行きましたけれども,スイスの東にある小さな山々で,地図を見ても名前すら載っていない。日本人どころか現地の登山者もいないようなところです。
 深田久弥氏の「日本百名山」を全踏破することを目標にしている中高年の登山者が多いようですが,あれほど主体性のないことはない。深田さんは私の結婚式に出席してもらったくらいで敬愛していますが,あれは深田さんにとっての「名山」にしかすぎない。ひとつでも,または千を超えてもいいから,自分自身の愛する山々を探していってほしいと思いますね。
  
(構成・写真/寺内英一)
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