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●マジシャンって何? マジシャンになって、ことしで三十九年目を迎えます。いまふりかえるとあっという間でした。この世界に入るまでは、正直いってマジックには何の興味もありませんでした(笑)。というよりマジックそのものを知らなかったんです。生まれも育ちも東京の福生ですからね。いまでこそ福生も都市化が進み、にぎやかになりましたが、私の子ども時分は、もう本当に田舎の農村という感じでしたから、マジックどころか、落語も漫談もまったくわかりませんでした。 それではなぜこの世界に入ったかというと、母方の叔父さんに引きずり込まれたんです(笑)。私の叔父さんは、花島三郎という腹話術師なんですが、この叔父さんの奥さんが、当時超売れっ子マジシャンだった松旭斎すみえです。それで、すみえ先生のステージの手伝いをする女の子を探していたんですね。三郎は八人きょうだいですから、姪っ子だけでも十何人もいる。その中にひとりくらいはマジシャンになってもいいという娘がいるだろうということだったそうです。それで、我が家にスカウトに来たんですが、なぜ私に目をつけたかというと、従姉妹たちの中で私が一番美人でかわいかったから。まあ、そういうことにしておいてください(笑)。 私としてはびっくりしました。中学三年生で高校受験の準備をしている真っ最中でしたからね。親戚の中に芸能関係の仕事をしている叔父さんがいるということくらいは、話には聞いていたんですが、それまで会ったこともなかったですから。初めて話を聞いたときは、「マジックというのはサーカスみたいなものかしら?」と勘違いしていたくらいです。父親も最初は反対でした。ふつうに高校にいってほしいと思っていたようです。うちの親戚は、学校の先生や公務員など、堅い職業の人ばっかりなんです。三郎叔父さんだけが突然変異で芸事が好きだったんですね(笑)。中学校の担任の先生も本気で心配してくれました。先生は、私がやくざにだまされて見せ物小屋にでも売られてしまうんじゃないかと思っていたようです(笑)。福生近辺には寄席も演芸場もなかったから、それも仕方がないですね。それで一度は断ったんですが、叔父に「これからの女性は手に職をつけなければだめだ。マジシャンという仕事はきれいだし、女性の仕事としてはもっとも適している」と説得され、すっかりその気になってしまった。なんといっても相手は話術のプロですから、とにかく説得力があるんです(笑)。 ●器用すぎて、すみえ先生から怒られる 昭和三十六年、中学卒業と同時に花島家に内弟子に入りました。すみえ先生にとっては、私が初めての弟子です。内弟子の修行というのは、落語家さんの修行と同じですね。親戚だから甘くしてもらえるなんていうことは一切ありません。住み込みですから、掃除・洗濯をするのはあたりまえ。家のこまごまとした雑用をほとんどこなさなければいけません。やらなくていい仕事は料理だけ。十五歳ですからね、ろくな料理はできませんから(笑)。家事一般は、すみえ先生にひとつひとつ教えてもらいました。マジシャンとしての修行だけではなく、こういう家事や礼儀作法といった修行も、女性としてとっても勉強になりました。 そうやって、家の仕事をこなしつつ、ひとつひとつマジックを先生から伝授されるわけですが、マジックの修行に関しては、私は器用すぎて先生から怒られたほうです(笑)。先生から与えられた課題がすんなりとできてしまう。ただ、その器用さに甘えて練習をさぼるくせがついてしまった。少しぐらい練習をさぼってもなんとかなるだろうと。これがよくなかった。マジックはそんなに甘いもんじゃないんです。そこそこにできるということと、完璧にできるということとは天と地ほどの差があるんです。趣味のマジックではありませんからね。だから、不器用だからマジシャンになれないなんてことはまったくありません。むしろ不器用な子が一生懸命に練習するほうが、最終的には伸びますね。マジックは練習すればするほどうまくなる。うさぎと亀じゃありませんが、こつこつと努力する人が最後には勝つんです。
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