第2回 マンガ家 北見けんいちさん |
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●泣いて帰ると家に入れない 小学生の頃は毎日けんかばかりしていました。転校するたびにボスザルがけんかを売ってくる。ぼくのように背が低い人間がけんかに勝つにはくふうが必要で、ボスザルには背が高いやつが多いから、すばやく相手の懐に飛び込んで脇腹にかみつく。そして相手が泣いて降参するまでかみついて離さない(笑)。母親も気丈な人で、泣いて帰ってくると家に入れてくれなかった。「もう一度相手の家にいって泣かしてこい」という。仕方ないから、また相手の家にいって、食事してる最中にその友だちを殴って泣かしたこともある。母親に「泣かしてきたよ」というと、「じゃあ入っていいよ」と(笑)。それでも最近の子どものように、ナイフで相手に大怪我をさせるようなことはなかったね。子どものけんかにも暗黙のルールがあった。けんかは一対一でやるとか、双方とも武器はもたないとかね。棒切れや石なんかもったら、その瞬間に軽蔑されたものです。 ●漫画家になる前は写真屋だった 漫画は子どもの頃から好きでした。授業中もノートには漫画ばかり描いていた(笑)。ただ、漫画家として生きていこうという決心はつきかねていました。親や先生にも「漫画を読むとバカになる」といわれていた時代ですから。父親もその頃は日本に帰ってきていましたしね。それでも、「漫画家になりたいと思っている」と両親に打ち明けたこともある。結果は想像以上の大反対。「おまえが漫画家にでもなったらご先祖さまに顔向けできない」と母親に泣かれたくらいです(笑)。そのとき考えたんです。漫画のつぎに自分が好きなものはなんだろうかと。それは写真でした。高校では写真部に所属していたくらいですからね。早速、両親に話すと、「写真屋ならいい」という。それで、高校卒業後、多摩芸術学園の写真科に入りました。ただ、漫画は好きで、写真の勉強をしながらもずっと描いていました。卒業後は埼玉の鶴瀬という町に写真屋を開業しました。写真屋の開業に必要なのは、店の借り賃ぐらいで、ほとんどお金がかからないんです。それからというもの、暇さえあれば暗室の中でひたすら漫画を描いていた。現像中という電気をつけておくと誰も入ってこなくて好都合なんです(笑)。ところが世の中うまくいかないもので、写真屋が大繁盛してしまい、漫画を描くどころではなくなってしまった。理由は簡単で、町には写真屋がうち一軒しかなかった(笑)。そこで一計を案じました。高校の写真部の連中に現像を教え、彼らに作業をさせるようにしました。「何事も勉強だ」といってね(笑)。ぼくはといえば漫画を描いては出版社に持ち込んでいました。 ●赤塚不二夫先生の弟子になる 出版社にいつものように持ち込みにいったときのこと、昭和三十九年のことですが、「いま人気の赤塚不二夫先生がアシスタントを募集しているのだけれど、北見君やってみないかね」と、編集の人にいわれたんです。ぼくはギャグ漫画は好きではなかったので、赤塚不二夫という漫画家はまったく頭の中になかった(笑)。それでも漫画の世界に少しでも近づきたいという気持ちが強かったので、「ぜひ、やらせてください」と答えてしまった。ちなみに写真屋は父親の部下だった人に譲ったんですが、すぐにつぶしてしまった。あまり商売の才能がなかったんですね(笑)。赤塚先生の仕事場に初めていったときは驚きました。超売れっ子の先生ですから、大きくて立派な仕事場を想像していたんです。ところが古びたアパートの一室で、六畳と四畳半の二間しかない。そこにアシスタントが六人ぐらい入るんです。作業机も子ども用の足のないもの。大人用の机だと部屋に入り切れませんからね。アシスタントをやっていて一番つらかったのは眠れないこと。赤塚先生が一番忙しいころで、一日三時間の睡眠というのが毎日でしたからね。ちょっと寝たと思ったらすぐ起こされて仕上げをやらされる。住み込みでもないのにほとんど家に帰れない。週末だけ洗濯物をもって家に帰る。二十代の間はずっとそんな調子でした。漫画家が早死にするわけです(笑)。先輩には高井研一郎さんは古谷三敏さんがいましたが、彼らはすでにプロとしても活躍していましたから、友人として手伝っていたような感じでしたね。その頃のアシスタント仲間で、現在も漫画家として生き残っている人は少ないですね。それでも「フジオプロ」はプロになれる比率がわりと高いほうでした。土田よしこさんや、とりいかずよしさんなどね。おまけに満州帰りの人がびっくりするほど多かった。当初、「フジオプロ」の中では、長谷邦夫さんだけが東京生まれで、あとは全員が中国からの引き揚げ者でした。大陸の気風が漫画家に向いているのかもしれない。漫画家以外にも、指揮者の小澤征爾さんとか、映画監督の山田洋次さんなど自由業の人にも多い。これは親の影響もあるかもしれない。平気で大陸に渡っちゃうような親から生まれたんですからね(笑)。
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