椰月美智子(やづき・みちこ)
1970年神奈川県小田原市生まれ。2001年『十二歳』で第42回講談社児童文学新人賞を受賞し、2002年同作でデビュー。『しずかな日々』が2007年の第45回野間児童文芸賞、08年の第23回坪田譲治文学賞を受賞。著書に『みきわめ検定』『枝付き干し葡萄とワイングラス』『るり姉』『ダリアの笑顔』『恋愛小説』『どんまいっ!』など。健やかな少年の成長記から愛憎に満ちた大人の恋愛まで、静かながら深く心に届く人物描写は出色。「紡」での連載の結末を描き切り、大幅に改稿した長編『かっこうの親 もずの子ども』を8月18日に上梓。

宮下奈都(みやした・なつ)
1967年福井県生まれ。上智大学文学部卒業。2004年「静かな雨」で文學界新人賞佳作に入選、デビュー。07年、書き下ろし長編『スコーレNo.4』が話題に。著書に『遠くの声に耳を澄ませて』『田舎の紳士服店のモデルの妻』『メロディ・フェア』『誰かが足りない』『窓の向こうのガーシュウィン』など。迷いながらも真摯に生きる登場人物の姿を、瑞々しい文章で丁寧にすくいあげる作風が人気を博す。『よろこびの歌』が10月に小社より文庫化されるのにつづき、同作品の続編となる新作を11月中旬に上梓予定。

窪 美澄(くぼ・みすみ)
1965年東京都稲城市生まれ。2009年「ミクマリ」で第8回「女による女のためのR-18文学賞」大賞を受賞してデビュー。2010年に刊行した受賞作を含む短編集『ふがいない僕は空を見た』は圧倒的な筆力を高く評価され、翌年第8回本屋大賞第2位、第24回山本周五郎賞を受賞しベストセラーに。同作は映画化され、2012年11月17日公開予定。また、本文に登場する「次に出る本」とは、2012年2月に刊行された『晴天の迷いクジラ』のこと。人間と、その感情を深く抉る作風で多くの人の共感を呼ぶ。10月に朝日新聞出版より、3作目となる『クラウドクラスターを愛する方法』を上梓予定。

ワーキング・シングルマザーの奮闘や葛藤が描かれる椰月美智子さんの新連載「かっこうの親 もずの子ども」のスタートに合わせ、作家であり母であるお三方の初顔合わせが実現しました!  撮影/ 冨永智子  撮影協力/ コンフィチュール エ プロヴァンス 銀座本店

窪 美澄 with 宮下奈都 with 椰月美智子 Special Talk 「子ども、仕事、 わたしと小説」(第一回)

2012.08.23

窪: 「かっこうの親 もずの子ども」の一回目、拝読しました。私は、次回が楽しみで仕方ないですね。「あの続き」はどうなるのって。子育てにまつわるあらゆる要素が書きこまれていますけど、とくに「皮剥き問題」はリアルでした。うちも男の子なので経験済みですし。

椰月: おちんちんの皮、ですね。

窪: こういうディテールは、やはり男の子を育てておられる椰月さんならでは、と思うのですけど、「こんなこと気になってんの」っていうことが、お子さんがいない方でも分かるように描かれてますよね。あと、夫婦げんかのシーンも真に迫っていました。

椰月: まるでわが家、みたいな(笑)。

窪: はなれて見ると、何でそんな……と思えることでも、現場のまっただ中にいると、家庭内の密着したところで行き詰まって、アリ地獄みたいにずるずるって入っていっちゃう。すごく分かります。

椰月: ママ友のことも書きました。子どもが生まれる前までは、「そんなのくだらない」って思ってたんです。でも、いざ子どもが保育園に入って直面すると、付き合い方の距離感とか、分かんなくなることがたくさんありますね。

窪: うん、うん、ある、ある。

宮下: 保育参観の日、ランチは一人でもいいって思っていたら、クラスで中心的なおかあさんに声かけてもらって、主人公がちょっとよろこぶシーンがあるじゃないですか。

窪: リアルですよね、あそこ。無視されてもやだし。少しはママ友とも関わりたいし。でも、布団干してるから早く帰りたい(笑)。

椰月: ママ友って、小学校や中学高校まで、ずっと続くんですか。

宮下: うちは子どもが三人とも幼稚園だったので、おかあさん同士が会う機会は保育園よりも多かったと思うんです。小学校では、その頃の密度に比べたらずいぶん緩くはなってるけど、授業参観や運動会のときなどはグループで固まってますね。そんなとき、ひとりでいる私に「宮下さん」って声をかけてもらえるとほっとする感じは、いまでもあります。

窪: 私は小学校へ上がってからのほうが、カルチャーショックでした。保育園って保護者は皆、仕事をしてるけど、小学校は仕事してない人も当然いるわけで、保育園時代の共通認識が崩れていく。たとえばPTAの会合の開始時間。え、午後二時? いやいや仕事だし。じゃあ午前八時からは? なんて言われたり。限られた時間を持ってる人と、持ってない人の差が、極端に出てきたのがショックだった。

椰月: まだまだ続くんですね……。

窪: 私は、保育園の保護者会と、学童クラブの父母会を一生懸命やったんです。保護者会の会長も務めたんですよ。ところがPTAは在校中に必ず一回やるっていうしばりがあって、同じ小学校内のことなのに、学童で何をやってようがノーカウント。ついに六年生のとき「このクラスで何もやってない人は誰々さんです」って数人が名指しされて。PTA関係の、まだやってないことが一気に押し寄せてきて、しっちゃかめっちゃかでしたね。

宮下: うちのほうはPTAのほかに、地区の子ども会や、町内会の役が回ってきます。去年は子ども会の会長をやりました。私が作家で、ふだんは家にいることが分かると、昼間に出る仕事がどんどんきたり、じゃあワープロできるよね、って書類関係を頼まれたり。

窪: 広報誌を作ってくださいとかね。

宮下: 本当は深くは関わりたくないんです。絶対私はそういうのに向いていないから。でもね、期間限定、いまだけ我慢しようと思ってやっています。それに、役員をやったおかげで、長男のときも次男のときも一人ずつ仲のいい人ができて。一人でも親しい人ができれば、もうラッキーで。

窪: ありがたいですよね。果たした!って感じで(笑)。

椰月: うちは保育園が家の真ん前で、断り切れずに、去年保護者会の役員を引き受けたんですけど、欠席した役員会で、運動会のリレーの選手に選ばれてたんです。

窪: ええー。欠席裁判みたいな。

椰月: ママさんたちの中では私は最年長クラスなんですよ。もっと若くて走れそうな人がいっぱいいるのにどうして!?って。しかもそのリレー、先生たちも参加する、超ガチのメインレースなんです。あちこちガタがきている私が、二十五年ぶりに走れるかっての!(笑)

窪: 足首折るー、複雑骨折しちゃいますよ(笑)。私には絶対無理です。

宮下: 休んだ隙にリレーの選手にされるとか、そういうやり方はいやだけど、やることに決まったら、私は陰でこっそり練習するタイプ(笑)。

窪: へえー、えらいなあ。練習しないですよ、普通は。

宮下: 私が出たのは、ラケットにテニスボールを載せて走るという競技。それならできるわ、と思って練習したのに、テニスのじゃなくて、ピンポンのラケットだったの。それだと枠もないし、小さいし、落ちるって! でも、「やだ、走れない」とか言いながら走っちゃった。

窪: 宮下さん、まじめだなあ。

宮下: 子どもがいなかったら、はなからやらないことだし、子どもにいいとこ見せるために走ろうか、ぐらいの気持ちですね。

「母親作家」の日常と現実

――子どもがいると、小説を書くのも仕事するのも、思い通りにいかないですよね。皆さんは毎日をどんなスケジュールで過ごしていらっしゃるのですか。

宮下: 怠惰なスケジュールですよー。子どもたちは毎朝七時四十分に集団登校なんです。だから、午前中にガーッて書いちゃえば、午後からは余裕で本読んで過ごせるはずなんだけど、次に気が付くとなぜかお昼になってる。

椰月: すごい分かる(笑)。

宮下: 子どもが帰ってくる午後三時までに終わらなくて、眠いんだけど早朝や深夜に起きて書くことも多いです。日中も、パソコンの前にはいるの。でも、最初の一行がなかなか出てこないと、つい手近にある本を読んじゃったり、ツイッター見ちゃったり……。

椰月: ツイッター見ると駄目ですよねー。うちは八時半ぐらいに保育園に送っていきます。そのあと新聞を読んだり片づけしたりして、九時半から十時頃の間にパソコンの前に座るんですけど――あの、超くだらないんですけど、いま私、ベビースターラーメンにハマっていまして(笑)、パソコンの前で書きかけの原稿を眺めながら、お茶飲んでベビースターを食べるのがとても幸せなんです。そしたら、いつの間にかもうお昼みたいな?(笑)

窪・宮下: はやー(笑)。

椰月: 「ノッてきた」と思うと、保育園のお迎えの四時になってるみたいな?(笑)子どもが寝た夜九時半頃から、またパソコンの前に座っています。

窪: 私は、小説のどこを書いているかによって変わってきます。息子と二人暮らしなので、朝六時半に起きてお弁当作って朝ご飯を出すのと、夜七~八時の夕ご飯は決まりごとで、それ以外はフリーなんですね。いま、次に出る本の終わりのほうを書いてるんですけど、寝てるようで寝てない状態ですね。数時間まとめて眠れなくなったりとか。

椰月・宮下: うーん……。

窪: 書きはじめたときは昼型で、終わりにさしかかると夜型になってきちゃうっていう、不思議なサイクル。物語が終わりはじめると、何か、変な脳内物質が出てくるというか。生活がとっても不規則になるので、よくないなという思いはありますが。

椰月: 次の日に支障は出ないですか? 私は徹夜とかしたら、反動で翌日は一日寝てますよ。

窪: そういうときは、夜中ずっと起きて書いて、起きたままお弁当作ったりするんです。その後二時間くらい寝て。眠くなるともう絶対駄目なので、こまめに休んで書くという感じです。

宮下: 「yom yom」の「ソラナックスルボックス」のつづきを書かれているんですか。

窪: はい。あれは来年出る本の第一章のタイトルで、書名は決まっていないんですけどね。

椰月: すごい面白かったです。楽しみ。

宮下: 面白かったけど、あれは大変でしょう……。次はどうなるの? って思います。

窪: もうすぐ書き終わります。けれど、書きはじめたものを終わらせるときのほうが、本当にエネルギーがいる。結婚と同じじゃないですか(笑)。離婚するときのほうがエネルギーがいるって言われるのと似てて。収めていって収めていって、とにかく、終わらせるしかない。

宮下: しかも、なかなか収まらない……。でも幸せですよね、そういうときって。ちょっといま、なにも話しかけないで! って感じになるでしょう。

窪: 逆に一番つらいのは、書きはじめる前や、書きはじめかもしれないですね。

宮下: 私も、書きはじめのときは助走ばっかり繰り返して、前に進まない。なんだか不毛で、充実感がないの。

椰月: 私は書きはじめる前の妄想期間が、すごく好きです。書きはじめると、ああ、やっぱり駄目ってなってしまうんだけど。

宮下: 私ね、書く前は「こんなに出しちゃって勿体ないぐらい、良い話ができるかも!」と思うことがあるの。それをそのまんま書ければいいのに、実際に書くと目減りしてるんです。こんなはずじゃないって……。最初のイメージをそのまま表せたらいいんですけど。

椰月: 書いていくのって面倒なんですよね。

宮下: 面倒って言っちゃうと、またちょっと違うんだけど。

椰月: うん。書きたいことにたどり着くまで字を埋めていく、っていう作業が。

窪: その労力が、ものすごい。

椰月: すごいこつこつ作業ですよね。

窪: 書きはじめる前に期待して、想像していた「ワクワク感」に到達するまでのこつこつさ加減が、いやになることがあって。そこには見えてるのに、こつこつを一万回ぐらいしないと辿り着けない。それが疲れちゃうときがあります。

椰月: はやくキモに行きたいのに、段階を踏まなくてはいけないのね。

宮下: 第一章とかは特にね、人間関係の説明などを、どうしてもしなきゃいけないでしょう。読んでくれる方に分かってもらうために、大変に煩雑だけれども、やらざるを得ない。
その点、今回読ませていただいた椰月さんの一回目は素晴らしいです。説明っぽさが全然なかった。そして、ここで終わるのか! っていうところで。

窪: ねー。すごくいいところで、ザクッと、次回へ!

――椰月さんが今回の話を書こうと思われたきっかけは何だったんですか。

椰月: もうすぐ三歳になる二人目の子を産んだときの産院は、産後の入院中、母子別室だったんです。おっぱいあげに授乳室に行くんですけど、ずらっと並べられた子どもたちが、みんな同じに見えたんです。

窪: 同じ産着を着て、同じ帽子をかぶってたら分かんないですよね。

椰月: 間違えて隣の子を抱き上げちゃって、名札を見たら「あ、違う」って(笑)。でもそのとき先生に「これがあなたのお子さんですよ」って言われたら、信じてしまったかもしれない。それって本当に怖いことだなと。そういう経験があって、いつか書きたいって思ってたんです。赤ちゃんの取り違えとか、昔はありましたよね。現代ではそういう事件も起きにくいだろうから、いま風の切り口を考えてみたつもりです。

――連載スタートに先立ち、九州の五島列島への取材旅行をしていただきました。取材先は、どういう観点から選ばれたのですか。

椰月: 男の子が、海岸で笑っているシーンが最初にぱっと浮かんで、海が澄んだ、きれいなところに行きたいと思って。

窪: 小田原の海じゃあないと。

椰月: うん、あのうらぶれた海じゃダメなの(笑)。九州方面の離島について調べて検討するうちに、五島列島は隠れキリシタンの歴史や背景が面白そうだったので決めました。島のことは、この先出てくる予定です。

――最初に浮かんだそのシーンを書こうと思って、プロットを考えるのですか。

椰月: そうですね。いくつかの、浮かんできた、切り取られたシーンがあって、それを入れたいがために、ほかの場面を書いていきます。

窪: なるほど、面白いですねー。

椰月: 今回に限らず、いつも事前に編集者と打ち合わせて、たとえば家族ものでとか、大まかな話をします。その話し合いの中身がベースになるけど、実際に書きはじめるのは、半年とか一年後でしょう。その間にいろいろと浮かんできたシーンを溜めておいて、書きはじめますね。

――ではそもそも、なぜ皆さんは小説をお書きになろうと思われたのですか。

小説を書きはじめた理由

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※本特集は『紡Vol.4』の掲載記事を転載したものです。