本屋さんの読書日記 [笠原書店 岡谷本店 藤森悦子さん]

2013.11.28

月刊J-novelで連載している人気コーナー「本屋さんの読書日記」。毎月、全国の書店さんに最近読んだ中でオススメの本を紹介いただきます。今回は笠原書店 岡谷本店 藤森悦子さんの登場です。

笠原書店 岡谷本店 藤森悦子さん
「今の自分や幸せを肯定できるように」

○月○日 桐衣朝子『薔薇とビスケット』(小学館 1470円)
映画でも小説でも、タイムスリップものにめっぽう弱い。常にむかしの自分を悔やんで(ほんの些細なことでですが、)生きているので、過去に戻ってなにかする方のタイムスリップに過剰な憧れを抱いている。この物語の主人公は、自分の生まれるずっとずっとむかしに迷い込む。そして若かりし頃の祖母と出会う。おばあちゃん子の私はこのシーンを涙涙で読んだ。今までは己の過去のどこかに戻る妄想をしていたけれど、身近な誰かの過去をのぞき見てスキあらばこの小説のようにちょっと手を加えて未来を変えてみたりするのもイイなと思う。

○月○日 山川静夫『歌舞伎は恋』(淡交社 1680円)
元NHKアナウンサーの山川静夫さんの歌舞伎との出会いは大学生の時。この本には現在八十歳の山川さんの六十余年の歌舞伎との思い出、名優とのエピソードが数多く収められている。本当に歌舞伎がお好きなんだなぁと感じる、愛情いっぱいの本だ。ここ十年くらいの歌舞伎しか観ていない私にとっては、ほとんどが知らない役者さんのお話ばかりだったが、それを知ることによって山川さんの「恋」のおすそわけをいただいて、私の「恋」が大きくなったような気がする。なにかと金銭的に厳しかったりもするが、ずっと歌舞伎を観続けたい。

○月○日 中山七里『切り裂きジャックの告白』(角川書店 1680円)
中山さんの作品を読むのは『連続殺人鬼カエル男』『魔女は甦る』に次いで3冊目。“どんでん返しの帝王”の作品、そこら辺は心して読み進めたが最後まで真犯人を予測できずじまいだった。臓器移植の是非や、親と子・夫婦の愛情の形について考えてしまった。真夏、この猛暑の中で読み、被害者から抜き取られた臓器の腐敗臭などをどんより想像しながら読んでみたり……。エピローグで思わず涙するという、先に読んだ2冊には無かったどんでん返し(?)もあり、読後は良かった。

○月○日 益田ミリ『五年前の忘れ物』(講談社 1365円)
三十代独身女子には剛速球でココロに刺さる(が、最終的には元気の出る)まんが『すーちゃん』の作者、益田ミリさんの初小説集。表題作の「五年前の忘れ物」で、ちょ、ちょっと今まで読んでた益田さんとなんかちょっと違う! とドキドキ。あの誘い文句いつか使いたい……いや、ムリだ、私にはムリっす。六話の「バリケン」は、この世の中で何者でもなく誰の役にも立てていない存在すら不確かな自分、こんなんでいいのか? と、ごくたまに落ち込んだ時に読むと元気出そう。最終話の「ニリンソウ」。幸せの価値観はそれぞれで年月とともに変わったり消えたり。今居る場所で、自分自身や今ある幸せを肯定できるようになりたいなーと、もうすぐ四十路の女にはいろいろと思う所のある小説だった。やっぱり元気出ました。

※本レビューは月刊J-novel 2013年10月号の掲載記事を転載したものです。