イスラムビジネス最前線 第一級アナリスト佐々木良昭氏インタビュー「国内ハラール食品ビジネスと中東情勢」
2013.10.02
緊迫するシリア情勢、不安定な状況が報じられるエジプト、そして周辺各国。それでも、豊富な天然資源を有した経済マーケット市場はいまだ大きく、それ以上に可能性を秘めた地域であることに違いない。
世界人口の4分の1を占めるイスラム教徒を相手に、現状のなかで、どう私たち日本人は取り組んでいけばいいのか、『イスラム圏でビジネスを成功させる47の流儀』の著者、笹川平和財団特別研究員に佐々木良昭先生にお話を伺った。
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Q: 今の中東情勢の中でビジネスを展開していくというのは日本人には考えづらいのですが、佐々木先生はどうとらえていらっしゃいますか?
A: 一般的に、ハイリスク・ハイリターンという言葉があります。リスクの多いところはリターンも多いということはみなさんもご存じだと思います。
確かに、現状でエジプトやシリアといった、日々メディアをにぎわしている国々は「危ない地域」ということは否定できません。特に戦闘状態にあるシリアと、今ビジネスをやるべきかと問われればそれは当然、ノーと私も答えます。
だからといってまったく中東地域に興味を示さないというのも消極的に思えてなりません。すぐにではないけれど、今のうちから種をまいておいておけば、いずれ芽が出てその種を回収することができると思ってみるのはどうでしょうか。
先ほど言いましたようにシリアはノーですが、エジプトは一概にノーとは言えない国です。エジプト社会がいずれ一定の安定した状態に回復するだろうと予測しながら、今のうちからアプローチをしていくのは妥当な話です。
では今なにができるだろうか。
たとえば、エジプトの富裕層は、国内騒動でかなりフラストレーションが溜まっています。国内が安定していない状況で思うようにビジネスも進まないし、それ以前に精神的な落ち着きも、手にすることが難しい状況なのです。
そんなとき、トルコの友人が私にいい話を聞かせてくれました。
彼らを海外に誘い出すのです。きっと富裕層は喜んででかけてくるに違いないでしょう。ビジネスという名目で安定した国トルコの大都市、イスタンブールに出かけることが出来るのは、とても嬉しいことなのです。
具体的に話しましょう。トルコ人の友人は多くのビジネス・パートナーを、エジプトに有しています。その一人、カイロに住むあるビジネスマンから、電話がかかってきました。彼の妹夫婦がトルコに行くことになったので、その相手をしてもらえないだろうか、という依頼でした。妹のご主人がトルコで行われる、国際会議に参加することになり、妹も同行するのでどうしたらいいかという相談でした。
そのとき、トルコ人は何をしたか。妹夫婦の1週間の滞在期間中のクルマ、運転手の手配と、アラビア語の通訳を用意し、その費用はすべてそのトルコ人が、負担したそうです。当然妹夫婦は大喜び、もちろんそのことを聞いた妹さんの兄、つまり友人のエジプト人ビジネス・パートナーも、大喜びをしてくれました。
アラブ世界では、こういった種まきが先々とても効いていくのです。今回の件で、そのトルコ人はいかに寛容な人間であるか、エジプト人の信頼を勝ち取ったに違いありません。しばらくしてエジプトが安定し、ビジネスの再開が始動したときに、このことはかなりのアドバンスに、なるに違いありません。
目先のことではなく、中長期的な視野を持つことが大事なのです。
この事例はトルコ人とエジプト人とのことですが、同じようなことが日本人とエジプト人の間にも言えます。
Q: トルコの現状はどうなのでしょうか。
A: 経済状況はBRICSの逆境に比べれば、さほど悪い状態ではありません。トル・コリラが安くなっていますが、輸出国であることを考えれば、好転していると言ってもいいでしょう。デモが報じられていた国内治安の状態も、今はかなり沈静化しており、警察の管理下にある状態です。
デモは一時的なものと考えていいでしょう。むしろ、それではなく、人材が豊富なことに着目した方がいいと思います。トルコの総人口は約7400万人、そのなかでも29歳以下の若年層が、半分を占めています。理想的なピラミッド型人口構成となっています。教育水準も高く、大学は156校、毎年52万人の若者が社会に巣立っており、勤労意欲にあふれ、技術力も持った若者が、市場に2500万人以上いることを考えれば、未来性を感じずにはいられません。本にもあるとおり、イスラム社会でのネットワークはかなりのものです。もちろん大半が親日派ということもアドバンテージです。
唯一の問題は政治、いえばエルドアン首相だと思います。彼はこの10年間、トルコ経済を輝かしく引っ張り上げてきました。その功績は認めます。ただ最近、どうも自己顕示意識が強く先に出過ぎているように見えます。過激な発言が多く、周辺国家を刺激し、不安がらせているのも事実です。アラブ周辺諸国はトルコの発言に、常に注目しています。というのも、かつてのオスマン帝国の支配下にあった国々は、いまでもぬぐえない畏怖の念を、トルコに対して持っているからです。あえて不安を煽るような、最近のエルドアン首相の発言は、アラブ周辺諸国との関係を、緊張状態に落とし込んでいくと言っても、過言ではないでしょう。
ただこの関係は、修復できないかといえばそれはノーです。極端なことを言えば、エルドアン首相が辞任しさえすればすむ話です。ことは簡単、先に挙げたように、政治の世界でも人材はとても豊富です。ギュル大統領を筆頭に、数多くの優秀な政治家を、トルコは抱えているのです。
Q: とはいえ、中東に違和感を根強く感じている日本人、日系企業も多いと思います。本書でもかなりのページを割いてマレーシアやインドネシアをはじめとした、東南アジア市場についても書いていただいていますが、この地域の現状はいかがでしょうか?
A: 人口構成はトルコと似ており、若年層がかなりのパーセンテージを占めています。つまりとても活気がある市場にかわりはありません。工場進出することを考えていれば、そこには豊富な人材が揃っています。またモノを売る場所としての魅力、治安の良さは大変魅力的でしょう。なにより、人との付き合い方が分からなくなってきている日本の若者に比べて、アジアの若者にはいまだ家族や友人を、大事にする人が数多くいます。彼らの価値感や、信頼する姿勢などをこの本を読んで感じとってもらって、ビジネスに役立ててもらいたいと願っています。
Q: 本が刊行されて3か月たちますが、この間にも、「ハラール・ビジネス」という言葉が、よくメディアに登場して来るようになってきました。
A: ハラールのことについて言えば、もちろん人口が増え続けている世界で、食品市場が拡大をしていくのは当然のことです。
それ以上に注目しておく必要があるのは、アラブ各国でイスラム原理主義が政権を取ったものの失敗している状況です。例えばエジプトでもムスリム同胞団の政権政党がリードできずに失敗に終わるという結果に起因してくる事象です。アラブの人々はイスラム原理主義組織の能力が否定されたからとはいえ、一気に世俗的になるかといえばそんなことはありません。逆に、そういった宗教的指導母体の存在が弱くなったことで、社会的フレームが弱体化していくからこそ、「個人」がそれぞれの宗教的価値基準の判断のなかで、イスラムを捉えて実践していく時代になっていくとみています。
それで、ハラール食品に関しても、いままでそれほど配慮していなかった人でも、ハラール食品であるか否かを、気にするようになっていくと思います。しばらくは、個人の判断のなかでその重みが、変わっていく流れになるはずです。つまり、厳粛なハラール食品へのリクエストや関心は、高まりをみせていくでしょう。そこに大きなビジネスチャンスが広がっていくことになります。
Q: マレーシアやインドネシアからの観光客が増えていますが、日本国内でのビジネスチャンスはありますか?
A: 人口が自然的に増えていき、かつ所得も増えている状態で、日本への観光客が増えて来るのは当然のことです。一部、東京の5ツ星ホテルでは、イスラム教徒を受け入れるための対応をしていますが、今のうちにそれ以外のホテルや飲食店でも、イスラム教徒に対応しているということをうたえれば、かなりのアドバンスにつながります。
たとえば先に挙げたハラール食品への対応。本書でも記しましたが、ハラール食品に対応できればとても強い切り札になります。ハラールの認証を受けた食材は、最近では日本でも流通しだしています。
ただ細かいところに目を配らせなくてはなりません。例えば豚由来のラードの使用は禁止ですし、直接的ではないにしてもパンを作る際にラードが入り込んでいたり、ベーコンを使用していてはダメです。
お酒を飲まないので甘いものが大好きなイスラム教徒が買っていくお土産のお菓子などでもアルコール使っていてはだめです。焼き菓子でアルコール分は飛んでいるから大丈夫、と考えるのは非イスラム教徒であり、イスラム教徒は絶対に妥協しません。みりんの含まれている醤油を使ったものもだめです。
この対応を面倒と考えるか、先に手を打って多くのイスラム教徒を受け入れて、前に進んでいくか、考える必要もないと思いますが。
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ありがとうございました。