原田マハ氏『総理の夫』インタビュー 後編 「これは私たち女性からの独立宣言です」

2013.08.28

日和と凛子の関係は“婦唱夫随”。

――夫の日和を主人公にしたのは、一般国民目線から理想を追求するためですか。

原田 凛子の女神化をはかるためですね。女神として奉られているという位置に彼女をおきたかったんです、読者の中には「こんな理想を追求する人いるわけないよ」と思われた方もいるかもしれませんが、小説ならではのファンタジーとして読んでいただきたいです。

――凛子が訴えた政策の中で、女性が働きやすい環境ということがありましたが。

原田 私は男女雇用機会均等法の一期生なんです。私が社会人になった時代は、わざわざ法律で男女平等だと言わなくてはならなかったんですよ。それまではOLというとお茶くみの時代でした。日和と富士宮あやか(凛子が党首を務める直進党広報の女性)が、凛子の打ち合わせ中にどちらがお茶を出すかを争うシーンがありましたね。男性がお茶をお盆にのせて持っていく時代が来たという、これは皮肉をこめたカリカチュアです。
女性が元気でないと社会が活性化しないのは当然のことですが、先ほども述べたように、政治の世界でも何でも、社会的地位の高い人はまだ男性占有率が高いです。だからそれに一石を投じたいという思いもあったのです。もっと言ってしまえば、男ではだめ、女の時代だよね、と堂々と言いたいぐらいです(笑)。
日和は典型的な草食系男子ですが、中途半端な設定では面白くないので、財閥の息子としました。読者からありえない世界だと言われるかもしれませんが、小説の世界で暴れたいという思いがありました。凜子は、日和の実家、相馬家の地位を利用して狡猾にのし上がるタイプではなくて、好きになって恋愛結婚して、自分の意志をつらぬくため、ただただ邁進し、日和はただただついていくという、「夫唱婦随」のひっくり返し版ですよね。女性に読んでスカッとしてもらいたいという気がします。

――漫画家であるみづき水脈 [みお] さんのイラストを、帯や見返しに起用されました。

原田 みづきさんとのご縁は、『一分間だけ』(宝島社)を漫画化していただいた時からです。よく作品を読み込んで、物語を絵にしていただくのが巧みな方です。『総理の夫』連載中の挿し絵もお願いすることになりましたが、私にとって凛子と日和のイメージは完全にこの挿し絵の二人になっていまして、自分が書いていても、絵の中の二人が完全に動いているイメージです。連載の最後のほうはみづきさんの絵が見たいから書いているみたいで、毎回楽しみでした。
単行本の装幀も、みづきさんの絵を入り口にすることを最初から考えていました。見返しは私のアイディアで、これは連載中の挿し絵を、装幀家の高柳雅人さんに再構成していただいたものです。帯に関してもキャッチーになるように考えました。帯を外すと一見、政治入門書みたいな硬いイメージですが、凛子のイラスト帯が本にかかれば、漫画の原作と思われてもいいくらいです。そのくらい軽い感じで手にとってもらいたいです。ガチな政治小説ではなくエンターテインメントとして政界を描いてますので。

政界の内輪話でなく、夫婦愛の物語です。

――凜子のスピーチに戻りますが、「日本は後戻りできない」など気持ちがこもっていますね。

原田 スピーチ内容の検討では、『本日は、お日柄もよく』の主人公・久遠久美もファンサービスで登場していますので。ただ『総理の夫』は、スピーチがテーマではないですし、凛子の政策にフォーカスしているわけでもないんです。一番は夫婦愛で、日和と凛子の関係にあります。トップランナーとして駆けていく凜子をどう日和がサポートしたかに重きを置いているんです。結果的に、スピーチをあまり割愛しないように心がけました。
注目していただきたいのは、夫婦愛の部分。そして先にも触れましたが、女性進出の部分。長いこと女性が苦しんできた日本社会の歴史がありましたが、ようやくこういうトップが出てきて、それを支える男も出てきました。大奥の現代版みたいな感じですか(笑)。そのくらいのファンタジー性がありますが、いつの日か実現するといいですね。

――日和が思う「支える、守る」は、昔の男が「女を守る」イメージとはずいぶん違いますね。

原田 闘う妻をさりげなく夫が後方支援する。昔の戦国武将の逆だと思います。闘うジャンヌ・ダルクのような凜子をでしゃばらずに日和が守る。それも彼は意見をしないということで彼女を守る、これは重要なことです。もちろん大事な時だけはアドバイスする、それがけっこうできている夫婦です。優秀な女性は本当に多いんですが、女がしゃしゃり出るのはけしからんという風潮のおじさんがまだ多いので、もうそういう時代じゃないよと。だから、黙って支えてくださいよ。私たち女性はやりますから、そういうことだと思います。凜子は全ての女性の代弁者ですね。
ほっといてもしゃんしゃんとやるんですよ、今の女性は。私たちはか弱くもないし、意見もちゃんと言えるし、女性に一回任せてみてはどうですか。これは私たち女性からの独立宣言ですかね。
凜子が強いだけでなく、弱者に対するまなざしを持っていることは、日本のリーダーにとって重要ですね。リーダーになるため邪魔なものは切ってのし上がってきたのではない。闘ってきたけれども、まなざしは常にやさしいのです。男女を問わず優れたリーダーは皆そうですね。私から提案した理想の総理像です。いずれこういう総理が現れてくれるという、予言の書でしょうか(笑)。

――最後に、日和を含め、他の登場人物個々のエピソ-ドを聞かせてください。

原田 日和を浮世離れした鳥類研究家にしたのは自分が鳥が好きだからです。文中に出てくるコンラート・ローレンツの著作は昔から何度も読み返しています。鳥類研究家というのは夢のある仕事ですからね。日和の兄の多和 [たより] は、ソウマグローバルCEOで、日和との対比で現実に即して文句を言うようなベタなおやじという立ち位置で出しました。凛子と連立政権を組むことになる、民心党党首の原久郎 [くろう] は小沢一郎さんがモデルです。ああいう、黒幕的に暗躍する人がいたっていいじゃないですか、話は面白くなりますし。
そして、刑事コロンボ風のジャーナリスト阿部も、意外な隠れキャラとしては好きです。日和の上司である、鳥類研究所の徳田所長や富士宮あやかにもそれぞれ愛着があります。どの人物も活写できて、キャラを立てられて気に入っています。そして相馬凛子内閣の組閣名簿が最初の方に出てきますね、それら閣僚級の人物のうちでその後何人が登場するか、未読の方の楽しみにとっておきましょう。

※本インタビューは7月末に神保町・学士会館で行われたものです。