本屋さんの読書日記 [丸善書店 有明ワンザ店 小板橋頼男さん]

2013.08.13

月刊J-novelで連載している人気コーナー「本屋さんの読書日記」。毎月、全国の書店さんに最近読んだ中でオススメの本を紹介いただきます。今回は丸善書店 有明ワンザ店 小板橋頼男さんの登場です。

丸善書店 有明ワンザ店 小板橋頼男さん
「偶然の驚き、出会いの不思議、物語のチカラ」

○月○日 沢木耕太郎『旅の窓』(幻冬舎 1050円)
10代の時、『一瞬の夏』と出会い、以来、すべての作品を読み続けている作家、沢木耕太郎氏の新刊。1枚の写真に、短文がひとつ。81篇のささやかな、しかし深く余韻の残る物語が集まっている。「異国のホテル、階段に座る女」「バリ島の二人の姉妹」「陶器をつくる若者」「赤ちゃんの爪を切る母親」……、沢木さんが撮られた写真を見ているだけで(自分の中で)物語が動き出す。この本に会えて良かった。心からそう感じた。

○月○日 丸山正樹『デフ・ヴォイス』(文藝春秋 1600円)
知人の紹介で読んだこの作品。魅力ある主人公(手話通訳士)、物語の構成と予測できない展開、登場人物たちの心情、どんなに誉めても誉めすぎではない! と言い切れるほどの傑作だった。松本清張賞の最終候補に残った作品で、選考委員の伊集院静氏の強い推薦で刊行に至ったという。ぜひ映像化して欲しい作品。こんなに映像化を望む作品は川上弘美さんの『センセイの鞄』以来だと思う。この著者の今秋に刊行予定の新刊、待ち遠しくてたまらない。

○月○日 西川美和『映画にまつわるXについて』(実業之日本社 1365円)
映画監督・西川美和さんの初エッセイ集。いつも鞄の中に入れ、通勤途中、休憩時間に読んだ。向田邦子について書いた「足りない女」では「まったく向田邦子にはいやになる。(中略)あまりに出来すぎていて、具合が良すぎて、まぶしすぎて、がっくり来るのである」という書き出しから始まる。私はその「向田邦子」を評する西川さんの文章に(とても敵わないので)いやになる。今までのどんな向田さんについての文章よりも、飛びぬけて「向田邦子の人と作品」を表現している。西川さんの文章には驚くばかりだ。

○月○日 瀬戸内寂聴『夏の終り』(新潮社文庫 452円)
代休日、午後に映画『夏の終り』(熊切和嘉監督)の試写を観に行く。時代は昭和30年代の東京、横浜。伝達手段は家にある電話と手紙、想いを告げるために走って会いに行く、表情、言葉、息遣い……。色気のある映画、色気のある物語。自分が生まれる前に発表されたこの作品を久しぶりに再読した。ひとりの女とふたりの男。包み込むような穏やかな愛と傷つけあいながら、離れられない激しい愛。瀬戸内寂聴氏はこう語る。「四十歳の時に書いた私の小説『夏の終り』は、自分の作品の中で最も好きなものである。これを越す小説を書きたいと思いつづけ、九十歳を過ぎてしまった」と。この作品を読むと強い酒が無性に呑みたくなる。

※本レビューは月刊J-novel 2013年8月号の掲載記事を転載したものです。