本屋さんの読書日記 [文教堂R412店 太田鉄也さん]

2013.05.29

月刊J-novelで連載している人気コーナー「本屋さんの読書日記」。毎月、全国の書店さんに最近読んだ中でオススメの本を紹介いただきます。今回は文教堂R412店の太田鉄也さんの登場です。

文教堂 R412店 太田鉄也さん
「付箋だらけにして読んだ新刊文庫」

○月○日 土屋賢二『われ悩む、ゆえにわれあり』(PHP研究所 1000円)
自分には悩みがないのが悩みだった。ここのところは加齢による身体の不調、売上減等のおかげですっかり悩みが解消した。ああそれなのに、ワクワクする感覚もわいてこない。初めて土屋センセイの門を叩いてみた。
癒し方ならぬいなし方の宝庫。悩みの本質をいかに骨抜きにするか。楽しい授業であった。

○月○日 山田順『出版・新聞 絶望未来』(東洋経済新報社 1575円)
単純計算でいくと、あと14年で書店がゼロになるという。
版元・取次・書店は三位一体と言われてきた。みんなで協力して売上をこしらえるいい時代が長く続いた。しかし今や互いになりふり構っていられない。色々な意味で体力勝負。適者生存をかけ悪戦苦闘の日々である。電子書籍一般化は道筋未だ不透明とはいえ、加速することを免れない。サバイバル・レースはますます過酷になりそうだ。
渦中の書店員がじっくり読書はできまい。「本屋大賞」はブラックジョークにしか思えないとあった。確かにそれは言える。速読も身に付かなかったし。

○月○日 百田尚樹『夢を売る男』(太田出版 1470円)
今年の本屋大賞受賞者が、一転軽快なコメディ仕立てで書いた一冊。
自分の発想や人生は特別だと思いこむ人達を、言葉巧みにおだてあげるテクニックの胡散臭さ。クレーム処理の手際よさ。お堅い編集者と、ある「著者」とのかみあわないやり取り。深夜、ひとり大爆笑してしまった。
主人公がボソボソと語る内容は、実は、出版界の「絶望未来」をいくつも明らかにしており、怖い本でもある。

○月○日 堂場瞬一『BOSS』(実業之日本社文庫 680円)
主人公はニューヨーク・メッツ初の日本人GM。スモール・ベースボールを標榜し快進撃を始める。
緻密な計算に基くデータ分析を駆使した管理が、人種や文化、心の壁をも乗り越え成果をあげるのか。ライバル・チーム、情けの管理をする超ベテランGMに軍配があがるのか。勝負は最後の一戦へと持ち越され、さらに待つドンデン返し。
人事管理のケース・スタディとして、小説ながら付箋だらけにして読んだ。

○月○日 鷲田康『10・8』(文藝春秋 1785円)
「BOSS」のクライマックスをふまえ手に取る。
ひとつひとつのプレーが選手に及ぼす、微妙な心の動きが克明に描かれる。今や国民栄誉賞師弟となった二人も顔をそろえる決戦を、「国民的行事」と鼓舞した長嶋巨人。平常心で対抗しようとした高木中日。試合を決したのは「熱さ」の差だったか。
特別な戦いを前に長嶋監督へ直接電話できる「ケンちゃん」のエピソードが愉快。

※本レビューは月刊J-novel 2013年6月号の掲載記事を転載したものです。