第13回 西口正さん
独自に折り方を開発した 4 連鶴。教材開発の仕事をしているときには,折り紙を使って英単語を覚える教材をつくったことも。
持っている「ふたつ」で文筆業
 新しい会社では,大学案内や企業のパンフレットなどをつくる仕事に就きました。ここでは仕事が仕事を呼び,かなり多くの大学案内などをつくりました。大学の OB・OG のインタビューでは有名なスポーツ選手などいろいろな方と会うことができました。いい思い出ですね。
 そんな仕事をするなか,せっかく中小企業診断士の資格を取得したのだからと,『月刊中小企業』というビジネス誌にコラムの連載企画を持ち込みました。高校の頃からの,ものを書きたいという気持ちが残っていたのかもしれませんね。
 投稿したのは,古典文学のなかからビジネスに役立ちそうな話を例として抜き出し,それにからめて経営手法などについて語るというものでした。大学で学んだ国文学と就職してから学んだ経営学とを合わせてみたのです。「『今昔物語集』のこの話にはマーケティングミックスが……」などと中小企業診断士らしく専門用語を混ぜながら書いてみたところ,すぐに連載の話が決まりました。
 このとき「得意分野をふたつ持っていると強い」ということを実感しました。ビジネス誌などでの執筆を希望する中小企業診断士の人間は多いのですが,単に経営に関して詳しいというだけではなかなか連載にまではたどり着けません。ですが,「古典と経営」という異質なものを結び付けると,両方の知識を持っている人はあまりいませんから,編集者の目にも留まることになるのです。


あらためて文学作品を乱読,そして作家に
 やがて連載していた雑誌が休刊になってしまい,今度は別の雑誌に,古典の名言をビジネスに結び付けて紹介するという企画を提案しました。無事,企画は通ったのですが,条件として,「古典文学だけではなくて,近現代文学や外国文学も混ぜてくれ」と言われてしまいました。
 大学では古典文学が専門だったので,日本文学ならまだしも外国文学などはほとんど読んでこなかったので,とてもとまどいましたが,結果的にその条件をのむことにしました。
 そこで小・中学校の読書感想文の頃からできるだけ避けてきた「まじめな文学」に熱心に取組むようになりました。太宰治や樋口一葉,シェークスピア,ゲーテなど,とにかくいろいろな本を読みましたね。当時は必要に迫られて勉強したという感じでしたが,今はそれが財産になっています。それ以降,さまざまな雑誌に「文学 × 経営」の企画で連載をさせていただきました。
 会社の仕事も,夜遅くまで作業するようなとても忙しいものでしたから,それに文筆業も加わって,この時期はとても大変でした。
 やがて 40 代となり,娘も大きくなってくると,なるべく家族と一緒に過ごせる時間を持てるよう,自宅の近くで仕事をしたいと考えるようになり,思い切って勤めていた会社を退職しました。
 ところが,新たな就職先を探しているときにちょうどリーマンショックが起こったこともあり,就職先が全然ない状況になってしまったのです。
 幸いそのときにも雑誌の連載は続いていたので,しばらくは文筆業もいいかなと思い,ひとまず就職はせずに、文筆家としての活動だけで暮らしてみることにしました。さまざまな出版社に企画を送ったところ,運のよいことに本を出版することもでき,今でも文筆家として活動を続けられています。


ブレているけどつながっている?
 これまでの足跡を振り返ってみると,文学嫌いが文学部に入り,入社後,ビジネス関係の資格を取得したかと思えば今度は編集の仕事をすることとなり,結果的に文筆家になる。かなりブレていますね(笑)。でも,ブレているようで,一本の線でつながっているような気もします。
 大学で古典を勉強したことと,入社後に中小企業診断士の資格を取ったこと,どちらかでも欠けていたら,サラリーマンをしながら雑誌で連載をするなんてことはできなかったでしょう。そしてその経験がなければ,文筆家として独立するといった大胆な行動に出ることもなかったでしょう。
 ムダなことも多いようで,結果を見るとすべてつながっている。不思議なものですね。今は文学でも経営でもなく歴史の本を書いていますから,まだまだブレ続けているともいえますが(笑)。
 若いみなさんには,何が将来役に立つかわからないから,何でもやってみてほしいと思いますね。そのときはつまらないなあと思ってやっていることでも,後々つながってくるものです。
 また,あまり「自分はこれが嫌いだ」などと決めつけないほうがよいと思います。学生の頃は「数学なんて社会に出て役に立つの?」などと思いがちですが,大人になって自分が何になり,何が役に立つかなんて意外とわからないものです。
 私も以前は,「御成敗式目(ごせいばいしきもく)」なんて言葉,大人になったら絶対使うことはない,と思っていましたが,今,歴史の本を書くうえでよく使います(笑)。最近書いた本には「sin( サイン ),cos( コサイン ),tan( タンジェント )」なんていう数学記号も登場します。何が将来役に立つかとか,本当にわからないものです。
 「あきらめる」ということは可能性を捨てることでもありますから,あきらめずに何でもやってみるという姿勢が大事なのではないでしょうか。
(写真/構成 中込雅哉)


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