第5回 上野動物園園長 土居利光さん |
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●思い出深い『花と緑の博覧会』 後に住宅局を経て昇格し、板橋区役所でみどりの課長をつとめます。この時の思い出は大阪で開催された『花と緑の博覧会』に、板橋区として出展したことです。大阪に出向いて出展の相談を持ちかけると、その時点で1ブースのみ空いているとの返答でした。私は自分の判断でその場で出展を即決してしまったのですが、帰路で部下に聞くと一旦持ち帰って検討するのが当然の世界だそうで、彼は非常に驚いていましたね。その後で区長にお願いした際にはGoサインをいただき、存外の予算も捻出していただきホッとしました。 さて、場所は押さえたものの何を展示しようかと思案したところ、区内の赤塚にある農地風景に思い至りました。おそらく周りのブースは色とりどりの植物や花々のアレンジメントが溢れると思われる中で、我々は板橋の自然を再現しようと考えたのです。私のスケッチが、多くの方々の力と知恵を得てひとつの形になったブースを目にした時には、とても感激し、やりがいを感じました。 板橋区役所に勤めて6年が過ぎた頃に、都から戻ってこないかとの打診がありました。このまま残る選択もできましたが、その段階でやり残していたことが処理できた1年後に都庁へと戻りました。それからは公園協会への派遣、公園緑地事務所での事業認可業務を経て、環境局に新設された生態系保全担当となります。振り返るとどうやら私は企画部から経歴が始まったためか、新設のポストや企画関連の仕事を務めることが多かったように思いますね。 この生態系保全担当の時に、動物と環境との関連を調査する過程で動物についても理解を深めたことは、動物園に勤める現職に大きく役立っていますね。またこの頃は石原慎太郎都知事(当時)と小笠原などへの出張も多かったのですが、多忙な知事が身体を休められる移動中の飛行機でも、一心に原稿を書いている姿を見て、その姿勢に感銘を受けました。 ●多摩、上野動物園の園長に そして、昇格して多摩動物公園園長となることができました。今までとは毛色の違うように感じられる方もいるかもしれませんが、私にとっては生態系保全担当時に動物への理解を深めていましたし、自然保護の観点からも多くのことを学んできていましたので、自信がありました。そもそも「動物」や「植物」といったような区別も、私は違和感を覚えます。動物も植物も環境の中でしか生きられないのだから、本来は包括して考えるべきです。 この職場では園長というトップとしての役割を求められるわけですが、当時、多摩動物公園では50周年のイベントが控えていたので、当初、私はそのための人事であり、腰掛けだと思われていたようです。しかし、私は着任した際に飼育担当者に同行して、全ての動物飼育体験もさせてもらいました。結局多摩には足掛け6年ほど勤めることになり、歴代の園長のなかで最も長く務めました。 この多摩動物公園では、やはり東日本大震災に見舞われたことが忘れられません。幸いにも直接的な被害は少なかったのですが、後に食糧や燃料を確保するのが一苦労でした。特に昆虫園では温度調整に灯油を使うので、灯油がないと場所ごとに温度を下げざるを得ません。つまりは、命を奪う順番を決める辛い選択を迫られます。他の動物だって職員の手がなければ、食糧を得られませんよね。現代の動物園は食糧や燃料を外部に依存する組織と言えますから、調達できなければそれまでです。目に見える被害より、こういった面で苦労しました。 そして今に至るわけですが、こうして振り返ると、公務員として実に様々な職場を経験しましたが、私は運があるのか、行く先々で人には恵まれ、折に触れて助けていただきました。しかし転々とする身では、時として「部外者が来た」と思われがちです。この上野動物園でもそうかもしれません。しかし誰より適任として私が配属されているわけだし、例えば飼育専門の方とは違う広い視野で物事を判断できると思っています。どんな立場であっても、自らを燃焼させ、懸命に取り組んで、自然と人間とのよい関係を築くなど自らの価値観を活かしたいと考えています。 |
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●子どもたちへのメッセージ 子どもたちには、好きなことや興味があることを、少しずつでも継続して欲しいと思います。人は必要になると勉強するんですね。今、私は得た経験を論文に残したいと書き始めていますが、そうするとひとつひとつの言葉が気になって調べたくなるんです。「環境」とは、「政策」とは、「エコシティ」とは……。同じように自分の好きなことややりたいことを調べていくと広がるし、それは積み重なり、形になっていきます。また、違う部分を知るということは大事なことで、私も植物だけに関わっていたら、今ほど動物に目が届かなかったでしょう。もちろんひとつのことに集中し、その専門の学者になるという生き方もありますが、興味をもったことの周辺にも目を配ればその関連性がわかり、さらに世界が広がると思います。 (構成・写真/井田貴行)
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