第56回 工学博士 北野 大さん

「就職するというのは,いかに社会のお役に立てるかということ。そして仕事を通じて世の中の仕組みやルールを学ぶために就職するのであって,単にお金を得るためだけではないのです」
一流と人並みとは?
 大学では環境を専門にやっています。それには理由があります。ぼくはドクターを終えた後に,分析化学を利用して環境中の有害物質の分析をやり出したのです。そして,環境中に有害物質が存在するとどういう影響があるかについて研究していきました。つまり,化学物質からもっと幅広い環境全般にフィールドが広がっていったのです。
 ですから,もともと環境に関心があったというような高邁なものではありません。こう言うと,なんだかとても消極的に聞こえるでしょう。でも,ぼくの信念の一つに「一流になるには才能がないとなれない。でも人並みになるには努力すればなれる」というのがあります。
 つまり,ぼくははっきり言って,まさに人並みなのです。英語の先生になろうと思ったのに,全く違った道を歩んできました。そんなぼくだからこそ,どんな勉強でも努力さえすれば人並みにはなれると思っているのです。
 子どもがある科目を好きとか嫌いとかいうのは,たまたま先生と相性が合わなかったとか,やっていて嫌になってしまったというだけの話なのです。ですから,勉強の嫌いな子どもを作ってはいけないし,そんな得手不得手というレベルの話ではないと思っています。それこそ,ノーベル賞やプロ野球といった一流の世界は,才能がないとなかなか通用しません。そうではなくて,人並みのレベルで考えたら,ちょっと努力をすれば必ずできるようになるのです。


ライフスタイルをどう変えるか
 環境問題というと,一昔前は公害問題でした。今は都市型,生活型の問題になってきています。大気汚染も,かつては工場の煙突からの煙が原因でしたが,今は自動車の排ガスが原因です。水質汚濁も,水銀やカドミウム,シアンなどの工場排水の問題から生活排水の問題に変わりました。
 それから,地球温暖化の問題と共にエネルギーの問題があります。そういったことを考えると,今の環境問題というのは単なる学問的な問題ではなくて,我々生活者としてのライフスタイルも問いかけているのです。
 従来は大量生産,大量消費,大量廃棄の社会でした。それではいけないということでできたのがリサイクル法です。ただ法律ができたからといって,今まで通りの大量生産,大量消費,大量リサイクルでは駄目なのです。
 これからは適量生産,適量消費,少量廃棄。そして,リサイクルをしていかなければなりません。専門的にいうと,資源エネルギー低投入型の循環型社会というものを作らなければいけない。ゆっくりとした循環で,消費者が物を使用する期間を長くするのです。
 これまでのようにGDP(国内総生産)を大きくすることだけを考えたら,今の発想というのは逆になってしまいます。長く使おうと思ったらGDPというのは増えないからです。
 でも,本当は違うのです。たとえば,環境のコンサルタントのように新しい仕事が増えるわけです。ですから,そちらの方でGDPを増やせばいいのであって,ものをどんどん消費してGDPを増やそうという発想を変えないといけないと思います。その点,ヨーロッパの人々に見習うべきところはたくさんあります。内装は新しくても,建物自体は二百年とか三百年などと古いですよね。


これからは「橋渡し」
 マスコミの仕事もしているので,今後は研究者と一般の方との橋渡しをしていきたいと思っています。従来は研究者が論文を書いて本にして,本箱にしまえばそれでよかったわけです。今は,その研究の成果をいかに一般の人にお伝えするかが問われていると思います。
 そのためには,本質をふまえた上でやさしく解説できなければいけない。さらに,橋渡しをするためにはみなさんに関心を持ってもらわなければなりません。ですから,科学的な正しさを失わないで,いかにお伝えできるかということが大切だと思います。
 環境問題に対する生活者の意識も以前にくらべてかなり高まってきました。ただ,その意識を行動にどう結びつけるか。そして,その行動をいかに継続させるか。
 そうした判断をするときに,科学的にきちんと納得していただけるようにお手伝いしていきたいと思っています。


(写真・清水康三/構成・桑田博之)
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