第40回 起業家 三橋滋子さん

起業するときには,事業のアイディアだけではなく,キャッシュフローなど経営のことも勉強しなければなりません
ビジネスとはチャレンジし続けること
 読みは当たりました。派遣ツアー・コンダクター一期生八人には研修の途中から予約が入りだしました。全員のスケジュールが埋まっているのに,依頼電話がかかってきます。「残念ながら」と断ると「あなたがいるじゃないか,行ってくれ」と依頼され,大切な顧客でもあったので,後にも先にもたった一度ですが,スイスまで添乗したこともあります。
 ツアー・コンダクターの仕事はスチュワーデス以上に過酷な仕事です。スチュワーデスは飛行機に乗っている間だけですが,ツアー・コンダクターは飛行機に乗っている間も外国にいる間もずっと仕事なんですもの。昔は一生に一度の海外旅行という感覚でしたから旅行期間は今よりもずっと長く一週間二週間というものがざらにありました。一緒に食事をし,一緒に寝泊りし,感動を共有する。スチュワーデスよりもっとお客様に近くなりますね。それは大変なことでもあり,やりがいにもなります。スイスにご一緒したお客様からはいまだに「いつかまた三橋さんと一緒に旅行したいですね」って年賀状をいただくのですよ。
 その後共同経営者から離れて新会社を作り,その後,会社名もツーリズム・エッセンシャルズに変更しました。
 昭和五十三年の成田空港の開港は,事業を展開していく大きなチャンスになりました。例えば,空港送迎業務。羽田空港から国際便が飛んでいた時には旅行会社の社員がしていた送迎業務ですが,成田空港では都内からの往復は時間がかかりすぎます。成田空港にツーリズム・エッセンシャルズの従業員が常駐していて,送迎やチェックインの代行をするのです。ファーストクラスラウンジの接客や航空会社各社にグランドホステスの時間貸しのようなこともしていましたね。現在では全国主要空港に事務所を構えるまでになりました。
 旅行業界のアウトソーシングを請け負う会社は,今では65社ほどに増えています。そのなかで勝ち残っていくためには,サービスの質の高さがいちばん大事ですね。派遣する従業員の教育にはとても力を入れています。ツアー・コンダクターとして外に出すまでには八十時間以上の研修をしていますし,その後も実地で指導を続けていきます。講師の質の高さも必要ですよね。
「変革と挑戦」。これはツーリズム・エッセンシャルズのキーワードです。ビジネスはチャレンジし続けることです。チャレンジマインドを失ったら企業は発展しません。ましてや企業のトップにいる人が「会社も大きくなって安定したし,もうこれでよし」と一度思ったら下り坂を転げ始めると思いますね。常にもっと上を目指したい,もっと発展させたい,もっと社会に貢献したいと思っていなければ,現状維持さえも難しいはずです。
 女性であることのハンディキャップはずっと感じてきましたね。「もし生まれ変われるものならば犬でもいいからオスに生まれたい」とよく言ったものです。兄や弟は勉強しろと言われるのに自分は勉強していると家事の手伝いをしろと言われた幼い頃から不公平と感じてましたし,仕事で同等に見てもらえないことは日常茶飯事でした。ようやく最近,はじめてお会いした方にすぐ名前を覚えてもらえたときに,女性でよかったなと思えるようになりましたね。
 誰でも好きなことをしているときは楽しいものです。だから好きなことを仕事にできるといいですよね。私の好きなことは,人によろこびと感動を提供することでした。仕事選びをする場合,まずは自分を知ることです。自分は何が好きで,何をしているときに楽しいのか。何が得意なのか。そうすると自分に向いている仕事はおのずからわかってくるでしょう。
 今私が力を入れているのは,業界の発展です。添乗を専門職とする人の育成を始めたパイオニアとして,まだまだしなければならないことがいっぱいあります。ツアー・コンダクターの社会的地位もまだまだ低いですし,旅行シーズンの繁閑に左右されるので身分も不安定です。社団法人日本添乗サービス協会を設立し,以来専務理事として走り回る毎日です。
 娘からは「腰が曲がってよぼよぼになっても死ぬまで働くなんて言わないでしょうね」と言われます。さすがに,そんなつもりはありませんが,後を引き継いでくれる人をどれだけ育てられるか。それが勝負ですね。
 引退したら,のんびりと世界一周のクルーズに出かけるのが夢です。長年走り続けてきましたから。外航船の上までは仕事も誰も追いかけてこないでしょうしね(笑)。
(構成/石原礼子)
<<戻る
3/3


一覧のページにもどる
Copyright(c) 2000-2024, Jitsugyo no Nihon Sha, Ltd. All rights reserved.