PROFILE
クリエイティブ・ディレクター,作家(筆名,馬場真人)。昭和二十二年,石川県金沢市生まれ。四十五年早稲田大学教育学部社会学科卒業後,日本リクルートセンターに入社。四十八年マッキャンエリクソン博報堂を経て,五十八年東急エージェンシーに入社する。平成十一年に退社,独立。クリエイティブ・エージェンシーとして,株式会社馬場コラボレーションを主宰する。「東京都ストップエイズキャンペーン」「フジフィルム,ケネディとクリントンとの握手」などの広告で,第四回クリエイター・オブ・ザ・イヤー特別賞受賞。その他受賞多数。作家としても,潮賞ノンフィクション部門優秀作,小説現代新人賞を受賞している。 |
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刃をつきつけてきたアーティストには強い共感があります。この間も横尾忠則の展覧会で惹きつけられて気付いたら三時間経ってた(笑) |
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●僕の「いじめ」論
僕は,体の弱い,気の弱い少年でした。周りからは徹底的にいじめられていましたね。かばんやくつの中に石を入れられるなんて,日常茶飯事。でも,それがいやではなかった。その場所にいるのが楽だった。「うそだろう?」とか「強がっていたんだろう?」などと思われるでしょうが,そうじゃないんです。ぼくは,「いじめらっ子」を演じていたのです。
いじめられっ子は,いじめられっ子という与えられた役を演じるというのが,僕の持論です。人にはそれぞれ演じるポジションがあると思うんです。小学生なら小学校が舞台のすべて。先生がいて,先生にかわいがられる子がいて,人気者がいて,それと同じように,いじめられっ子がいることで,バランスが取れる。「籠に乗る人,かつぐ人,そのまた草鞋を作る人」っていう言葉がありますよね。それぞれがそれぞれの役を演じることで社会が成り立っていくんだと思うんですよ。
当時の子どもは,野球を簡略化した三角ベースという遊びをよくしていました。僕は,運動神経も悪かったんだけれども,それでも簡単に取れるボールをわざとチャンスのときに落としてみたり,ルールがわからないふりをして攻守チェンジになってもぼーっと動かなかったり,いじめられそうなことを率先して試してました(笑)。僕はその場ではいじめられっ子という完全に主役なわけです。「ばかやろー」って怒鳴られ,殴られ,あざけられ,「ごめんなさいっ」と半泣きであやまる。それが,三角ベースという僕の舞台でした。
いじめられてもいじめられても僕はもっと弱く見せようと思ったから,さらに隙を作った。中学三年生のころまでそのポジションで,僕は生きてきたんです。だから華やかな思い出はないけれど,他にいじめられっ子の役を志望する子どもはいなかったから,僕は無競争でその主役をはれた。つらくなんてない,居心地のいい居場所でした。いじめられっ子はもっといじめられるようにするんだよね。いじめられっぷりが加速すればするほど,みんながかまってくれるんだもの。だから,今のいじめの問題も,そう解釈してみてはと提案したいんです。いじめられっ子はいじめられてることを親や先生に言わないでしょう? 言わない理由は自分のポジションを壊されることを恐れているからですよ。いじめを大人の視点で見てもなにも解決しない。僕がそうだったから。自分の居場所は,子どもは子どもなりに自分で見つけてたくましく生きていると思いますよ。
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