第23回 カイチュウ博士 藤田紘一郎さん |
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●回虫がアレルギーを防ぐ 排便の流れる川で子どもたちが水遊びをし,その水で炊事や洗濯をしている。実際,調査すると全員が回虫にかかっている。ところがですよ,我々から見たら,そんなバイ菌だらけの汚い生活をしているにもかかわらず,子どもたちの表情はみんなはつらつとしていて,肌もつやつやと黒光りしている。その上,アトピー性皮膚炎,花粉症,気管支ぜんそくなどのアレルギー疾患の人がどこを探してもひとりもいない。当時,日本の子どもたちにアレルギー疾患が増えだし,奇病として注目され始めた頃です。「これは回虫がアレルギー抑制に関係しているのでは」と直感的に思ったんです。虫の知らせとでもいいますか(笑)。それで一生懸命に寄生虫をすりつぶしては研究をつづけました。結果,回虫のアレルギー抑制物質というのを解明したわけです。研究を初めて五年後の昭和五十二年のことです。 ところが「回虫が消えたからアレルギー疾患が増えた」なんて論文を書いても誰も認めてくれない。研究成果を発表してからも十五年間くらいは黙殺されました。学会が私の学説に対してアレルギーをもっていたんですね(笑)。むしろ欧米の研究者が注目してくれました。その間にもアレルギー患者は増加の一途をたどっている。それで一般の日本人に直接知ってもらおうと書いたのが「笑うカイチュウ」でした。この本が講談社出版文化賞をいただき,ベストセラーにもなったおかげでやっと私の研究が広く世の中に認知されることができたわけです。一方,「そんなに寄生虫と共生しろと言うなら自分で飲んで見ろ」とも言われ,それならばとサナダムシを飲んでみたところ,花粉症にもならず,中性脂肪もコレストロールも大幅に落ち,至って健康になりました(笑)。 有史以前から人と共生してきた回虫ですから,横から栄養を横取りするだけで悪さはしません。むしろ人が元気でいっぱい食べてくれないと困るわけですから,宿主をアレルギーにもガンにもなりにくい体質に変化させてくれるわけです。効果抜群なのを見て取ってか,女房もサナダムシを飲みましたね(笑)。ただ回虫にも好みがあって,いろいろな人たちに飲ませてみたんですが,二,三か月で外に出ちゃう人もいるんです。「虫が好かないやつ」ということでしょうか(笑)。 この話をすると,必ずサナダムシの卵が欲しいとおっしゃる方がいますが,卵を飲んでも子どもは孵りません。サナダムシの卵をもつ人のうんちが川に流され,卵が孵化したときにミジンコに食べられ,そのミジンコをサケやマスが食べ,そのサケやマスを人間が食べないと人の体内には入らないんです。非常に遠大なロマンなんです。将来,中国や北朝鮮のトイレがすべて水洗化されるとサナダムシの絶滅は必至です。ぼくにとってはトキの絶滅よりつらいことです(笑)。 ●超清潔志向はビョーキです 現在,寄生虫の排除だけでは気が済まず,テレビの画面からは湯水のごとく殺菌・抗菌・除菌・防臭グッズのコマーシャルが流されています。清潔志向をあおる日本社会の中で,若者は一日に二回も風呂に入り,殺菌シャンプーで頭を洗い,身のまわりにあるものはすべて抗菌・除菌・防臭グッズという人までいる。しかし,そんな完全無欠な暮らしを営んでいるにもかかわらず,国民の三〇パーセント,九歳以下の子どもについては実に四〇パーセント以上が何らかのアレルギー疾患を抱えている現状をどう考えるのでしょうか。近年話題のO157にしても,元来弱い菌で健康な腸内細菌を持つ人だったら恐れるようなものではないんです。 これらのアレルギー疾患やO157の集団感染は,すべて日本人のとめどもない清潔志向に原因があります。病原菌から身体を守ってくれている皮膚常在菌や腸内細菌などの「共生菌」までせっせと殺してしまっているのに気がついていない。これこそ「清潔病」という名前の病気です。ウイルス,細菌,寄生虫などの微生物との共生を絶った結果が,人間本来の免疫力を弱めてしまったわけですから。 身体だけの問題ではありません。「清潔病」は汚いものとしての「異物」の排除,いじめにもつながっています。どろんこ遊びもせずに無菌状態で小学校に入学し,トイレでうんちをすると「くさい」とクラスでいじめられる国なんていうのは日本だけです。人間の身体から出るものを忌み嫌うということは,「人間が生き物」であることを否定することです。やがて自分もなるであろう老人や病人の体臭も「ムカつく」ようになり,その結果,老人や病人に優しく接することができなくなってしまう。歳を取ればオヤジくさくなるのは当たり前なんです(笑)。「清潔病」は,身体の抵抗力を弱らすばかりでなく,人間としての感性まで萎縮させ,日本人の「生きる力」までも衰弱させてしまいます。 先日,NHKの「課外授業 ようこそ先輩」という番組で,母校の小学校で授業をしてきました。子どもたちに犬のうんちを取ってこさせて,「これを水に溶かして顕微鏡で見なさい」と言ったら,子どもたちは夢中になってのぞき込むわけです。犬の回虫の卵を見つけたときには「うわーきれいだ,黄金に輝いている」と感嘆の声があがりました。サバも買ってきて,「サバをさばけ」と出刃包丁を渡すと(笑),みんな不器用ながらも必死にさばいてはアニサキスという幼虫を探す。子どもたちの目つきがみるみる変わっていくのがわかりました。うんちひとつでも立派な教材,いきいきとした授業をすることが可能なんです。いきいきとした授業は子どもたちを元気にするだけではなく,先生方も元気にしてくれるはずですよ。
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