第22回 人形作家
石井美千子さん
2001年7月号掲載


PROFILE
いしい・みちこ 昭和二十八年福井県福井市生まれ。生後すぐに母を亡くし福祉施設で育つ。高校卒業後上京し,出版社,デザイン事務所に勤めた後,二十四歳のときに結婚。子育てをしながら寝たきりになった夫の祖母の世話をつづけ,祖母亡き後,結核に倒れる。療養後,自宅で縫製の内職のかたわら人形づくりを始める。昭和三十年代の子どもを主役に「嫁ぐ日」や「紙芝居」など庶民の風景を再現。その後,新作の「家族」など百六十体を発表。江戸東京博物館で人形展「昭和のこどもたち」を開催。以後,全国の美術館やデパートで展覧会を連続開催し,一大旋風を巻き起こす。

作品集「昭和のこどもたち」より 写真撮影/井上 一氏
『豊饒の一刻』
福祉施設で暮らした少女時代
 人形作家としての私は,これまで「昭和のこどもたち」と題して,「内職する母に寄り添う子ども」「わんぱく坊主に泣きべその女の子」「めんこに木登りと日が暮れるまで遊ぶ子どもたち」「お母さんのひざまくらですやすや眠る子ども」など,子どもをモチーフに二百体近い人形をつくってきました。こういったテーマにたどり着いた,私の原点といったものについて少しお話ししてみたいと思います。
 私が生まれてすぐに母親が亡くなり,その後,父親も事業に失敗して出奔したため,六歳から福井市内の福祉施設に預けられることになりました。施設には十四歳までお世話になりました。この話をすると,みなさん一様に「苦労したのね。可哀想に」と言ってくださるんですけれど,私には楽しい思い出ばっかりなんです(笑)。戦争の傷跡がまだ完全には癒えていない時代ですから,施設には子どもに老人,世話をしてくれる寮母さんと,多いときで二百人くらいが生活していました。成人男性の数が少なかったものですから,平和で豊かな一種の母系社会のようなものがそこにはありました。
「豊か」というと驚く人がいるかと思いますが,まだまだ社会全体がそんなに豊かではない時代ですから,一般家庭の子どもたちよりも,公的施設にいる私たちのほうが物質的には恵まれていたんです。衣服も学用品も新品のものが必要に応じて与えられ,日々の食事も管理栄養士の方が献立を考えてくれる。図書室には書籍類もふんだんにありましたし,毎年,海や山への旅行もありました。学校には両親そろっていても,学用品も満足に買ってもらえない貧しい級友がたくさんいました。
 ですから施設で育った子どもたちは,「自分は社会に育ててもらった」という潜在意識を根底に持つようになったと思います。結果的におとなになってから,苦学して福祉施設の先生や職員になったり,保母や看護婦さんになる人がけっこういます。何らかの形で社会に恩返しがしたいという思いが心の奥底にあるんですね。

読書と絵を描くのが好きな子どもだった
 朝起きるとまず集会場の大きな仏壇に手を合わせ,朝御飯を食べてから掃除をして学校に行き,帰ってきて仲間たちと思い切り遊んでから掃除をして夕御飯を食べ,その後は就寝時間まで好きな本を読んで過ごす,というのがふだんの一日でした。おかげで本を読むことが大好きになりました。図書室にある世界文学少年少女全集など,子ども用に書かれた本はほとんど読んでしまい,中学生になるとゲーテやヘッセなど,たいして分かりもしないのに背伸びしては読んでいましたね(笑)。
 読書以外に好きだったことは絵を描くことでした。別に決まった題材があるわけでもなく,ただ心に浮かんだことを次から次へと絵に描いていく。手を動かしていると何故か心が落ち着いたんです。「親のいない自分はいったい何者なのか」という漠然とした不安のようなものがあったのかもしれません。
 私がそうやって文章を書いたり,絵を描くことが好きになった理由のひとつには,母親代わりに私を育ててくれた寮母さんの存在があります。その方は戦争で夫を亡くし,二人の子どもの成長だけを生き甲斐にしている人でした。とても才能豊かな人で,文章も絵を描くのも上手な人でしたね。この人が私に対して,実の子同然に愛情を注いでくれたんです。私が書いた作文や絵を「うまいうまい」といつもほめてくれたんです。私は実の母親にほめてもらったような気がして大変うれしかったことを覚えています。「子どもに罪はない。施設にいるからといって恥ずかしがることも卑下することもないし,誰も恨んじゃいけないよ」といつも言っていましたね。
 この人が八年間ずっと変わらずに担当でいてくれたおかげで,施設にいても「寂しい」とか「悲しい」なんて一度も思ったことはなかったですね。ちなみに施設の仲間たちとは今も連絡を取り合っているんですが,「私ってどんな子だった?」と聞くと,「美千子はひとりでぽつんと本を読んでいたかと思うと,男の子にまざって泥だらけになって遊び,おまけにケンカも強かった」なんて言われます(笑)。

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