第16回 牧師 金沢泰裕さん

非行少年を立ち直らせるには「あきらめない」ことが大切なんです
ヤクザ稼業に入る
 そうこうしているうちに暴走族にも飽きがくるわけです。そんな中,仲間の中に急に金回りのいいやつが出てくる。高級な背広に腕時計を身につけ,横にはキレイな女の子をはべらせている。話を聞くと,「ヤクザしたら金もうかんねん。ええ暮らしできるし,べっぴんさん連れて歩くことできんねん」と言うわけです。「そうか,おれもヤクザにならしてくれ」とすぐに頼み込んだわけです。親にも先生にも心を開かなかった私ですが,ヤクザの話にはすぐに心を開いてしまったんですね(笑)。
 彼に連れられて兄貴分という人のところに行きました。組の事務所にでも行くのかと思っていたらそこは病院でした。兄貴分は肝硬変で入院中だったんです。会ってみると,寝間着姿にパンチパーマ,髭をはやしていて,寝間着の裾からはイレズミがちらちらと見えている。
「兄貴,これ金沢いいまんねんけど,ヤクザするゆうてます。兄貴の若い衆でどうでっか」
「そうか。ヤクザすんのやったら十五年はムショ入る覚悟しとけ。暴力団が暴力ふるわな飯食われへんど。男として死ね」
 初めからそんなこと言われたわけなんです。こちらは一応その覚悟ができているわけですから「はい,わかりました」と答えると,「よし,決まりや。ほんなら酒飲みにいこ」と。「この人,肝硬変で入院しているのにどういうことや? ヤクザはやっぱり違うなあ」と思いながらも一緒についていったわけです(笑)。さまざまな武勇伝を聞かされた後,来週,バクチに連れて行ってくれるという。その瞬間,私の脳裏には東映のヤクザ映画のシーンが浮かびました。高倉健や鶴田浩二がサラシを巻いて真剣な表情で向かい合っている。その回りには角刈りにイレズミ姿のヤクザが息を飲んでみつめているといったようなものです。
 しかし,翌週バクチ場に行って驚きました。ほとんどのお客さんはみんな素人さんなんです。不動産会社や商事会社の社長さん,魚屋のおっさんから八百屋のおっさん,水商売のお姉さんから主婦,お寺の坊さんまでいました。そこで兄貴分がお金を張っているわけなんですが,勝つたびに一万円札をぽいと丸めて後ろに控えている私に放ってくる。わけもわからないままカバンに入れていましたが,バクチが終わって「兄貴,預かってた金返しときます」というと,「アホ,なにゆうてんねん。それ,おまえの小遣いやないか」と。びっくりしました。一晩バクチにお供しただけで十万円以上もらえる。やめられない止まらないの世界だったのです(笑)。

命のやりとりの世界
 本格的にヤクザの道に入り,バクチ場通い以外にも競馬のノミ行為,野球賭博,債権取り立てと何でもやりました。十八歳やそこいらの人間が月に何百万円と稼げる。もう有頂天でした。女房と知り合って結婚し,十九歳で父親にもなりましたが,「釣った魚に餌はやらない」のたとえどおり,家には寄りつかず,外に女を囲い,全身これ以上身につけられないほどの金ぴかの装飾品をぶらさげては遊びまくっていました。
 しかし,聖書の中に「神様は高ぶるものを退け,へりくだる者に恵みを授ける」という言葉があるように,ある事情で所属していた組が解散してしまったんです。ヤクザというのはどれだけ大きな組織に所属しているかが勝負なんです。力の源泉は組織力なんです。所属している組織が力がなかったりするとすぐに相手になめられるわけです。懲りない私は,「こんどはもっと強い組にいったろ」と神戸にある大きな武闘派の組に入りました。
 入って最初にプレゼントされたのは防弾チョッキでした(笑)。ちょうど抗争の真っ最中だったんです。ことが起きたときにすぐに集まれるようにポケットベルも持たされました。酒を飲んでいても,風呂に入っていてもいつ鳴り出すかと気が気じゃありません。そのときは関東の親分さんの仲裁で抗争は終わることができましたが,武闘派の組でしたから,年中ケンカがありましたね。
 私が二十七,八歳のとき,再び大きな事件が勃発しました。我々の組がふたつに分裂してしまったんです。対立している一派に仲間が拉致され,ヤキを入れられているとの報を聞き,急いで救出に向かいました。それでもそのときは,一度は同じ釜の飯を食った同士,話せばなんとかなるだろうぐらいの気持ちもあったわけなんです。ところが甘かった。向こうは殺気立って待ちかまえていました。組事務所でピンポンと呼び鈴を鳴らした途端に日本刀を振りかざした連中が飛び出してきた。私は運良く逃げ切れたんですが,仲間のひとりは腹を刺され,腹から腸が飛び出している。そのときに初めて死に対する恐怖に見舞われたわけです。
 「おれはいったい何してんねん。こんなことで死んでええんか。おれの人生,これでええんか」と,そんなことを考える日々がつづくようになりました。人間とは不思議なものです。そう感じるようになると何をやってもうまくいかなくなる。バクチをやっても負ける。取り立てにいっても金が取れない。借金まみれになり,一度はやめたはずの覚醒剤に再びおぼれるようになってしまったんです。


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