第13回 紙切り芸人 林家正楽さん

寄席では史上初めて紙切りでトリをつとめる
世界中で切っています
 ヨーロッパ,アフリカ,中東と,海外公演にも毎年のように行っています。日本文化を世界に紹介しようということで,国際交流基金のほうから頼まれて行くんですが,紙切りという芸は言葉が通じなくても万国共通で楽しんでもらえますからね。出発前には前もってその国のことを百科事典で調べていくわけです。アラビアに行けばラクダやモスクを切りますし,アフリカに行けばライオンやキリンも切る。これは大受けします。大変だったのはマダガスカルというアフリカからちょっと離れた島に行ったときですね。この島の動物はほとんどが独自に進化を遂げたものばかりなんです。見たことも聞いたこともない動物ばかり。ワオキツネザルとかウシガメとか,これを切るのは大変ですよ(笑)。
 海外公演は,新しい題材にチャレンジできるということ以外にも,勉強になることがたくさんあります。あちらのお客さんからの注文で多いのは日本家屋や三味線,剣道や生け花など,ぼくたち日本人が当たり前のように思ってふだん気にも留めないようなものが多いんです。海外公演に行くたびに逆にこちらが日本文化を再発見させられています。ちなみに世界中どこに行っても出る注文は何だか知っていますか。それは龍です。ドラゴンはアジア全体のシンボルなんですね。
 十数年前から学校寄席というのが盛んになりまして,ぼくもいろんな学校に呼ばれて行ってるんですが,アニメやTVゲームの主人公ばかりを切るんじゃなく,積極的に日本のすばらしいところを切るようにしています。日本にはすばらしい四季があり,心に残る行事があります。お正月から始まって,雛祭りに鯉のぼり,お盆に花火に月見と数え出したらきりがない。桜にあやめ,紅葉と花々も木々も美しい。紙切りという芸を通して,「日本にはこんなにすばらしいところがあるよ」と子どもたちに伝えていきたいと思っています。最初の頃は紙切りという芸を,テレビ世代の子どもたちが観てくれるか不安だったんですが杞憂でした。どこに行っても子どもたちは食い入るように観てくれますね。

切っている自分の姿を楽しんでほしい
 二年前に亡くなった先代の跡を継いで,このたび三代目林家正楽を継がせていただくことになりました。うれしい気持ちと名前を汚してはいけないという責任感を感じます。紙切りとしてこれ以上の名前はないんですからね。これまで以上にしっかりとした芸をお客さまにお見せしなければと思っています。ただ私生活はしっかりできないですよ。お酒大好きですからね(笑)。
 九月下旬から四十日間,襲名披露興行をさせてもらうんですが,唯一の心残りは昨年両親を相次いで亡くしたことです。ぼくが芸人になることに最初から賛成してくれたわけじゃなかったんですが,だんだんやっているうちに応援してくれるようになって,寄席にもよく観にきてくれました。寄席がはねた後は,声が小さいとか,着物の着方が悪いとか,一生懸命に批評してくれるんです。いくつになっても子どもは子どもなんですね(笑)。両親にこの晴れ舞台を見せてあげたかったですね。
 これからの目標は,ハサミと紙を持つ姿がかっこいい芸人になることです。切り終えた紙だけにお客さんの目が向くんじゃなくて,切っている自分をより楽しんでもらいたいと思っています。きれいに切るだけだったら高座に上がる必要はありません。ぼくは伝統工芸の職人でもなければ芸術家でもない,芸人ですからね。切りながらの話術にも磨きをかけるよう,日々精進努力していきたいと思っています。
(構成・写真/寺内英一)
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