第7回 横浜動物園長 増井光子さん

動物を知るということは、人間を知ることなんです
アフリカの野生動物は美しい
 アフリカに初めて行ったのは、動物園に入って十二年目のときです。当時はいまのように安いチケットもありませんし、気軽に行けるという雰囲気ではなかった。まして女性のひとり旅なんていうのは珍しかったと思います。それでもアフリカに行くのは子どもの頃からの夢でしたからね。「アフリカの水を飲んだものは、かならずアフリカに戻る」という言葉があるそうですが、私もそのとおりで、一ヶ月の旅の間にすっかり虜にされてしまいました。その雄大な大地に魅せられたのはもちろんですが、なにより野生動物が美しい。厳しい風雨にさらされ、生存競争を繰り広げているにもかかわらず、彼らの眼はいきいきと輝き、体はまるまると肥り、毛はピカピカに光っている。私にとっては大変なショックでした。それまで野生動物にはもっと傷ついたものもたくさんいるのではないかと思っていたんです。このことは、動物を飼うという職業にたずさわっている私に、この上なく深い感銘を与えてくれました。
 私たちは動物を飼う以上はできる限りこの野生の状態に近づけてやらねばならない。食物がいくら十分にあってもそれだけではあの眼の輝きは消えてしまう。動物たちは運動し、新鮮な日光を十分に浴び、仲間と遊び、ときにはケンカもしたがっている、と。あたりまえのことかも知れません。しかしアフリカの野生動物はあらためて私の眼の上に、実例を持ってつきつけてきたのでした。


ミミズから始まってヒトにきた
 現在、私が勤務している「よこはま動物園」ではできるかぎり動物たちの本来の生息環境の再現に配慮し、アジアの熱帯雨林、オセアニアの草原、アマゾンの密林、亜寒帯の森、そのほかさまざまな生息環境をそれぞれのゾーンごとに分けて生態的に展示しています。
 植物の管理は大変ですが、森林浴もできる動物園として中高年の人たちには評判がいいようです。入場者の約半数が四十代以上の人たちですからね。大人の鑑賞にたえないような動物園はだめというのが私の持論ですから。
 小・中学生にも総合的な学習などでぜひ利用してほしいと思います。動物園では児童用に「学習ノート」、先生用には「利用の手引き」も用意していますし、盲導犬も一緒につれて入れます。
 人間は、自分がよく知っているものに対しては愛情の念を持ちますが、知らないものに対してはそれがたとえなくなってしまっても、自分には関係ないものとして、悲しいとは感じないものなんです。だからこそ自然保護の第一歩として、できる限り多くの人に動物たちのすばらしさを知ってもらいたいと思います。動物を知るということは人間を知るということでもあるんです。そして、それらを何十億年もかけて作りあげてきた地球という生命体の大切さも理解してもらえればと思います。
 私たち全員が、直接動物たちを保護することはできません。しかし、いつも動物たちのことを気にかけて、ぜいたくをつつしみ、資源のむだを省くこと、また、かわいいから、面白いからというだけで、野性動物をペットにしたいなどということをやめて、自然環境を守ることが、野性動物たちの生活を保護し、保証してやることにつながるんです。
 人生ふりかえると面白いことだらけですね。年齢を重ねるほど面白くなってくる。いまがいちばん面白い。ミミズなどの無脊椎動物への興味から始まって魚に行き、両生類から爬虫類に行った。そして鳥に行き、ほ乳類に行った。ほ乳類もネズミやウサギから始まって、イヌやウマに行き、それがトラやパンダになり、いまヒトにきたなという感じなんですよ(笑)。お客さんにどうやって喜んでいただこうかと、これを考えるのが本当に面白いんです。
 すべての仕事を終えたあかつきには、世界各地の野生動物に会いに行きたいですね。五大陸合わせて百ヵ所以上まわっていますが、それでもまだまだ行っていないところが多いんです。世界はやっぱり広いですよ。
(構成・写真/寺内英一)
<<戻る
3/3


一覧のページにもどる
Copyright(c) 2000-2024, Jitsugyo no Nihon Sha, Ltd. All rights reserved.